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743:オランダ管轄:ポンティアナク裁判#-/現地民大量虐殺と拷問虐待・海軍特警隊事件
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    第13号法廷/反日陰謀団処刑・強制売淫・岡島事件

     

    起訴理由概要:1、岡島は昭和19年7月29日より同年9月2日に至る間ポンチャナック分遣隊長兼特警隊長として不法逮捕虐待殺戮処女の強制売淫罪を犯した。
    2、宮島・伊藤・久世・山本・福沢・金子・鶴見・柘植は、第1次西ボルネオ陰謀事件に関し不法逮捕虐待殺戮の罪について特警隊員として連帯責任。
    3、宮島・伊藤・久世・山本・福沢・金子の6名は、19年7月1日より20年9月2日の間、野尻・坂井の2名は19年9月18日より、障子は19年11月15日より小島は19年12月より末は20年9月2日に至る間特警隊員として不法逮捕虐待殺戮の罪についての連帯責任。
    4、岡島を除く他の隊員全部は強制売淫に関する罪。

     

    起訴理由概要2:(1)岡島利耆は、西ボルネオ州ポンチャナク所在の海軍警備隊長にして、海軍特別警察隊長を兼任していたが、昭和十九年八月より同二十年二月に至る間、海軍特別警察隊に対し反日陰謀容疑者の大量検挙を命じて一般市民約二百五十名を逮捕せしめて部下がその取調に当り、故意に被疑者に対し殴打水責め等の拷問を加へることを知り、または察知し得たるに拘らずこれを阻止せず容認し、亦昭和十九年十二月より同二十年三月に至る間、前記被疑者中スラバヤ日本軍法会議に送致して死刑の宣告を受けたる十七名を除き残余の被疑者約百七十名を正式の裁判に附せず隷下の海軍特別警察隊及び海軍警備隊に対しスンガイ、ドリアン飛行場に於て斬首により処刑すべくその執行命令を発し、更に、同人は昭和十九年六月より同二十年九月までの間、所属の特別警察隊がケタバン地区より婦女子に売淫をなさしむるため、その意思に反して拉致することを知りてこれを容認し同隊員に於て「ニョウ・ペック・ヒア」等約二十名の婦女をポンチャヤナクに拉致して慰安所に収容して売淫を強制し、亦同人は、昭和二十年八月六日部下である中谷を殺害した容疑者営林署技手「マンゴー」を正式の裁判に附せず、ドリアン飛行場に於て殺害し、更に、同人は、同月十七日頃サンゴ所在の海軍警備隊長佐野五月に対し、ダイヤ騒擾事件に参加せるダイヤ人六名の中五名を正式裁判に附せず、処刑することを許容し、同月二十二日同地に於て、斬首処刑せしめ、
    (2)宮島順吉、伊藤安太郎、久世一雄、山本安一、福沢健治、鶴見俊二、拓植義蔵、金子安蔵、障子正喜知は、前記特別警察隊員であるが、同人等は、昭和十八年九月より同十九年五月までの間、同地海軍警備隊の応援を受けて、同地区に於て反日陰謀容疑者千百名の大量検挙をなし、その取調に当り殴打水責め等の拷問を加え、その中日本軍法会議に於て死刑の宣告を受けた四十八名を除き、残余約千名を同十九年六月頃マンドルに於て正式裁判に附せず、斬首処刑するに当り、宮島はその中二名、久世は三名、山本は二名、鶴見は三名、金子は二名をそれぞれ斬首処刑し、伊藤、福沢、拓植はその現場に於て警備に任じ、
    (3)宮島順吉、伊藤安太郎、久世一雄、山本安一、福沢健治、金子安蔵、野尻豊、坂井清一、障子正喜知、小島五一は、昭和十九年八月より同二十年三月に至る間に於て反日陰謀の容疑を以て一般市民約二百五十名を検挙、その取調に当り拷問を加へた上、右被疑者中約百七十名を正式裁判に附せずスンガイ、ドリアン飛行場に於て斬首処刑するに当り、金子は、その中の二名を小島は一名をそれぞれ斬首処刑したが、宮島、伊藤、久世、山本、福沢、野尻、坂井、障子等は、その現場に至りて警備に服し、(4)宮島順吉、小島五一、福沢健治、鶴見俊二、金子安蔵、久世一雄、山本安一、伊藤安太郎、拓植義蔵、障子正喜知、野尻豊、坂井清一は、婦女子に強制淫売をなさしむる目的を以て昭和十九年六月より同二十年九月に至る間に於てケタバン地区よ り「ニョウ・ペック・ヒヤ」等二十名の婦女をポンチャナクに拉致し慰安所に収容して売淫を強制し、(5)小島五一は、昭和二十年八月二十二日頃、サンゴー附近のカプアス河の桟橋に於て、サンゴー海軍警備隊長佐野五月と共にダイヤ人五名を岡島隊長の命により、正式の裁判に附せず斬首処刑するに当り、その中一名を斬首殺害した。

     

    第二二海軍特別根拠地隊ポンチャナック海軍特別警察隊
     岡島利耆海軍大尉・石川:47/2/5求刑死刑>48/1/16判決死刑>48/9/24銃殺:弁護三ツ井三町恒久
    宮島順吉海軍上等兵曹・石川:死刑>死刑>銃殺
    小島五一海軍上等兵曹・愛知:死刑>死刑>銃殺
    鶴見俊二海軍上等兵曹・愛知:死刑>死刑>銃殺
    金子安蔵海軍上等兵曹・新潟:死刑>死刑>銃殺
    久世一雄海軍一等兵曹・岐阜:死刑>死刑>銃殺
    山本安一海軍一等兵曹・和歌山:死刑>死刑>銃殺
    福沢健治海軍上等兵曹・富山:死刑>15年
    伊藤安太郎海軍一等兵曹・滋賀:死刑>20年
    野尻豊海軍水兵長・福井:死刑>10年
    坂井清一海軍水兵長・新潟:死刑>10年
    拓植義蔵海軍一等兵曹・岐阜:死刑>48/11/28判決18年
    障子正喜知海軍二等兵曹・石川:死刑>15年

     
     ポンティアナク海軍特別警察隊は、補助隊員を含め17名が所属しており、インドネシア人雇員と中国人雇員も各2名がいた。
     事件当時の隊員は10名で、起訴された者はその後の配転属者を含むとする説がある。
     抗日テロ計画発覚により、特警隊副長・山野中尉の指揮下でテロリスト摘発の先頭に立って勤務した方たちが、戦後に報復裁判の犠牲となった事件である。
     
    海軍特別警察隊・警備隊兼任隊長・岡島利耆大尉(石川・41歳) 1948/9/24 銃殺刑執行
    海軍特警隊・久世一雄上等兵曹(岐阜・農業・32歳) 1946/1/23収監 1947/2/5〜1948/1/16死刑判決 1948/9/24 銃殺刑執行
    海軍特警隊・小嶋上等兵曹 1948/9/24 銃殺刑執行
    海軍特警隊・鶴見上等兵曹 1948/9/24 銃殺刑執行
    海軍特警隊・山本安一上等兵曹(和歌山・会社員・45歳) 1948/9/24 銃殺刑執行
    海軍特警隊・兼子上等兵曹 1948/9/24 銃殺刑執行
    海軍特警隊・宮島順吉上等兵曹(石川・商業・34歳) 1948/9/24 銃殺刑執行
    久世一雄上等兵曹・遺書
     
     ・・・服務中起こりし独立陰謀事件を上官の命に依り処理なしたる事が戦犯原因となり、
     ・・・明九月二十四日彼岸中日午前八時死刑執行命令を四十八時間前に受けました。
     然し小生の件に就ては私個人に関する事ではなく、唯軍人の本分、君国の為、真面目の上官の命令に絶対に服従しその任務を遂行したに過ぎず天地神明に誓って恥しくありません。
     只時局百八十度の転換につき、時代の波に従ふ外なき運命と諦めて居ります。
     明日の死刑は千早作戦の為の特攻隊だ。
     否神仏が私の身体は此の世の中では不必要と認められ神仏様が私を天国に御引き取り下さるのだ。
     神仏の命令だ。
     有難い久遠に生き通せる自由自在なる天国に生れかわるのだ。
     明日は転勤するのだ。
     明日刑場に於て銃殺前に最後の国歌君ヶ代,天皇陛下万歳を三唱して七生報国の誓も固く国の鎮を祈りつつ赤道の華と返り咲きます。
     本件は戦争継続と思って居ります。
     たとへ戦犯者であらうとも自分では立派なる戦死の心算です。
     御喜び下さい。
     日本軍人として立派に戦死します。
     罪に問はれて極刑の身にあり乍ら罪の意識は毛頭もなく、絶対正しき行為(軍の作戦上)であると確信した為、たとへ身は獄中に在っても平常心で吾々を安心立命の境地に置いていたものです。
     世の人は戦犯者を笑ふ人もあらう。
     白眼視する人もあらう。
     又同情して呉れる人もあらう。
     然し自己のために犯した罪でなく、国栄えんが為最善を尽くしたのだから人が何んと言はうとかまはぬ。
     神様のみ御承知です。
    懐しき父母様。
     長い間色々と有難う御座居ました。
     戦争中連合国側にて勝手に定めたる法規,法則に依り、戦犯者として裁かれたので、今更何も申す事もありません。
     唯々海山の如き大恩を受けし御父母様に御恩の万分の一もおかへし出来なかった事を何卒御許し下さい。
     父母様の御恩の数々は決して忘却して居りません。
     幼い頃、小学校時代、青年時代、軍隊生活の長い間恵み深き父母様の愛を思ひ浮べて涙が出る。
     合掌、唯々父母様の御健康と御幸福を心より御祈り致します。
     どうか百年の長命をして下さい。
    懐しき弟妹よ、兄は一言す。
     絶対に腹を立てるな。
     人に接するには愛を以て笑うて笑うて、元気に朗かに暮せよ。
     必ず幸福となる。
     皆々様,私の心を了解して呉れると信ずる。
     私も信じます。父母にかえしきれない御恩をば兄に代って尽せよ。
    最後に国家の再建並びに皆々様の御健康御幸福を心より御祈り申上げます。
     皇国の鎮祈りつつ我行かん
      人や知るらん我が身の上を
     
    山本安一上等兵曹・遺書
     雨やみて鉄窓にさす渡月の
          青き光にこほろぎの鳴く
    宮島順吉上等兵曹・遺書
    ・・・たとへ身は赤道の花と散りぬとも
            四海を照らす大和桜花
     今日此の頃私の心境は右の如く常に日本軍人として終戦処理の命を元気に待って居ります故御安心下され度。
     母上、兄上様には老年にて其の後の身の上御察し致して居ります。
     お達者に御暮しの事を御祈り致してをります。
     私も命の有る迄元気でやります。
    ・・・戦争犯罪行為は一身上の事ではなく、ただ軍人として命に服したのみのことと御承知下さい。
      かごかぶり豚舎に寝るも大丈夫の
          至誠は一つ大和魂
      身は赤道 心は九段の桜花
          春は無くとも咲き誇るらむ
    岡島利耆大尉・遺書
    長男裕,次男親孝
     父の悠久に生きる念波は常に其方等の身辺を守りつつあり。
     母の教へに順ひ国の御役に立つ様勉強せよ。
    なと殿
     身は此処にゆめは皇国の父母の家
           元気で語る妻や子の顔
     子供の事をよろしくたのむ。感謝しつつあり。
     神父の如き所長の御親切に感謝しつつ愉快に暮して居りますから御安心下さい。
     そなた方の心中よくわかります。さようなら
          辞 世
     
      思ふことなすことすべて神ぞ知る
           心ゆたかに親につかへよ
      ますらをの道に咲きたる桜花
           国の嵐に散るぞうれしき
     
    久世上等兵曹・遺書冒頭の「独立陰謀事件を上官の命に依り処理なした」について
     久世上等兵曹は、反乱陰謀事件を独立運動と理解していたようであるし、おそらく部隊上層部も現地民の抗日テロを一律独立運動と認識していたのだろう。
     
     ただ、ちょっと分析してみると、イロンナ違いが解ってくると思う。
     
     インドネシアは広いから地域性もあったし、各部族の民族性も違うし、日本の陸海軍の対応も、陸軍軍政地域は独立支援、海軍軍政地域は独立弾圧と異なっていた。
     しかし、かといって、対インドネシア人については陸海日本軍指揮官の人間性の影響が大きく、陸軍だから親切、海軍はコワいとばかりも言えなかった。
     
     そんな状況で、インドネシア人による抗日テロがあった場合、目先の軍政に対する反発に過ぎなかったとしても、長期的な視点に立てば、独立運動・・・だろ。
     だが一方、華僑が関わる抗日テロは、「独立陰謀事件」なんかじゃない。
     
     ポンティアナクはオランダより先に華僑が来てたというが、一般的華僑って早い話が、欧米植民地に入り込み、白人利権に食い込んで、中間搾取して荒稼ぎするチナ人だから、「植民地解放」を唱える日本に命懸けでテロしたんだよ。
     華僑らの西ボルネオ独立運動ってったって、華僑と元オランダ官吏と一部サルタンが組んで日本軍政から離脱するって話だから、オランダの再植民地時に自治や利権を要求するための独立運動に過ぎない。
     
     アジア各地で起きた抗日テロの多くは、チナ人が絡んでるんだね。
     
     本件・反乱陰謀事件を考えてみると、大規模なゲリラテロで挑むんだから、武器弾薬などはオランダを始めとする連合軍の支援を受けなければ出来ない。
     
     またテロが成功すれば、当然日本軍の反撃・地域進攻が考えられ、地域民に被害が出るんだが、テロリストや連合軍は地域民に被害が出ればプロパガンダに使えるから大歓迎。
     大規模・長期化すれば、日本軍の他の作戦に影響し、オランダ植民地奪還に貢献することとなる。
     
     華僑にオランダ軍を迎え撃つ気なんか無かったんだから、日本軍を追い出してインドネシア人の独立を支援するなんて、歴史的にも有り得なかったし、本件は純粋な「独立陰謀事件」では無かった。
     
    テロリストを英雄視・犠牲者扱いする特亜の民族性と、テロリストの標的だったのにテロリストを制圧した人々を犯罪者扱いするおバカな民族性
     
     #1/海軍特警隊副長・山本中尉ケースでも述べているが、現地民テロリストを日本軍暴虐による犠牲者という認識があるのなら、それは誤りである。
     
     戦時国際法に従えば、占領地内の文民の武装蜂起は、戦時反逆罪にあたる違法行為である。
     また現地民テロリストには交戦資格がなく、俘虜処遇される権利も正規軍側が俘虜にする義務もない。
     加えて、事前に逮捕されたからといって、戦時反逆に未遂罪はない。
     
     山本中尉ケースと同様、対日戦犯裁判では無裁判処刑が訴因とされているケースが少なくない。
     これに特亜系日本人がネチネチグダグダ絡んでるシーンが多いけど、即決処刑は世界中の軍隊がやってる事で、本件のように証拠が明白な事件についての諸手続き省略は違法ではない。
     形式論で日本人を処刑した連合軍戦犯裁判の非常識を批判出来ないのは、特定日本人が日本人じゃ無いからなんだよ。
     
     本件、抗日テロは大規模なもので、計3回の摘発で約2,500名、その後も掃討摘発で180名前後が摘発されており、逮捕後も拘禁者を奪還襲撃してくるような組織的・計画的な大規模テロ集団であった。
     
     ちょっと前まで、アメリカ・連合軍が中東でやってた対テロ戦争と比較してみてよw。
     テロリストが潜んでるトコは、ホントにテロリストがいるか居ないかは兎も角、周辺の無辜の市民を巻き込んで爆殺するのが対テロ戦争だろ。
     合計でも数十名程度の兵力で、テロ集団地域に乗り込んで証拠品押収・犯人逮捕なんて〜命懸け命じるのは特殊例だけだろ。
     当時の日本軍のホ〜が、余程紳士的だし、人道主義的だよね。
     
     抗日反乱陰謀事件で日本軍に殺害された現地民は、「日本軍暴虐による犠牲者」ではなく、戦時国際法に違反したテロリストの犯罪者たちだったんだよ。
     
     
     現地インドネシアで今もやってる慰霊祭、コレ日本人が「日本軍暴虐による犠牲者という認識」で腰が引けてるから、そのうちユスリタカリネタ昇格目的でやってんだよ。
     ・・シッカリしとくれよ、日本人www。
    【2011.12.05 Monday 14:04】 author :
    | B級裁判 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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      【2019.04.06 Saturday 14:04】 author : スポンサードリンク
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