<< 713:資料…もし、日本人が60万人アメリカへ行って | main | 715:オーストラリア管轄:ラブアン裁判#-/ボルネオ俘虜収容所虐待事件 >>
714:オーストラリア管轄:ウエワク裁判/第1号法廷/人肉食・崎田(仮名)事件
0

     戦犯裁判オーストラリア管轄ウエワク裁判

     

    第1号法廷/人肉食・崎田(仮名)事件

    ・起訴理由概要:昭和廿年7月19日「ニューギニア」「ソワレン」附近の陣地に濠軍の来襲ありたる際 濠軍兵1名の死体が遺棄せられたり 崎田中尉及び目名兵長(ラバウル裁判#107無罪)は之を解剖し且つ人肉を喫食せり。
    独立自動車39大・崎田武彦中尉(仮名)・佐賀:45/12/1開廷>45/12/2判決絞首>46/1/11確認5年:弁護吉原

     

    一般解説:ニューギニヤのソワレン付近を守備していた日本軍も、全軍飢餓状態にあった。

     食べられる物は何でも、生きているものは虫でもミミズでも食べたという。
     「敵兵や敵性現地民は食べてもいい」という話もあったほどなのだから、逆に日本兵の死体から「股肉が切り取られていた」とか、「他部隊の日本兵を殺して食べちゃった」とかも「無かった」とは言えんかも。
     異常と思うかもしれんけど、1箇月くらい飲まず食わずで富士登下山を続けてみたら、多少共感出来るかもね。
     確かフィリピン戦線だったか、ヨレヨレ日本軍が山篭りしてるんだけど、塩が無くて次々兵が倒れちゃう。
     そこで竹筒背負った兵隊が、命懸けで海水汲みに海岸に降りて来て、待ち伏せ米軍に殺されてくんだな。
     ただ海水を飲みたい、飲ませたいためだけに、武器もなしに殺されてくんだから、・・・でもこれも戦争だったんだよね。
     カワイソ〜なじいちゃん達を思うと、つい「降伏を禁じていた日本軍」「補給の無い継戦を強いた日本軍」を非難したくなっっちゃうんだが、国家の無条件降伏を要求した連合国の極悪非道を先ず責めるべきだし、じいちゃん達の悲愴な頑張りで、枢軸国の中で日本だけ無条件降伏を免除されたんだから、決して無駄死にじゃなかったんだよ。

     

     

     

    詳細解説:1945/7/19、攻撃して来た豪軍が、日本軍陣地の近くに17才の兵士の死体を残したまま退却した。

     翌日、独立自動車第39大隊中隊長・田武雄中尉は、部下3名に命じて遺体を回収。解体して、小隊員や中隊本部・隣接部隊に配給し、自らも食べた。
     終戦後の1945/10/18、豪軍憲兵に逮捕された時も栄養失調で歩行困難。
     翌日、遺骨回収に連行されたが、遺骨は見つからなかったという。
     裁判は、1945/12/1開廷し、翌日には絞首刑判決で結審した。
     法廷で中尉は「自分一人でやった。」と主張したが、信じて貰えないので事件後に逃亡中だった目名兵長の名を挙げたという。
     事件後に逃亡した目名兵長、といっても当時は未だ終戦ではなく、敵前逃亡と言うより食糧探しの陣地離脱だったと思われる。
     本件の特徴は、豪兵弁護人の人間性にある。
     中尉は死刑を覚悟してたから、弁護人・ワトソン大尉の歎願書提出の勧めを断ったんだね。
     そしたらワトソン大尉、勝手に歎願書代筆して出しちゃったんだな。
     1946/1/11、オーストラリア本国からの確認結果で、絞首刑から禁固5年に減刑され、中尉は救われた。
     中尉「初めて会った豪人が誠心誠意をもって職責を果たした事に非常な感銘を受けた」
     鬼畜w豪兵にも、人格者はいた。
     もし特亜系日本人が弁護人だったら、検察と一緒になって「絞首刑」を求めただろうし、ぶら下がってる死体からして餃子を作って美味しく食べてるわww。
    【2011.11.17 Thursday 03:54】 author :
    | B級裁判 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    この記事に関するコメント
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://stomach122.jugem.jp/trackback/714
    トラックバック