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    422:戦犯裁判:米国管轄:横浜裁判:第179号法廷/福島県警察部・福島外国人抑留所虐待事件1
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      戦犯裁判アメリカ管轄横浜裁判


      第179号法廷/福島県警察部・福島外国人抑留所虐待事件

      起訴理由概要:中尾:食糧衣料医薬品その他設備の不良により、抑留者部不快感を与え、自己の職責を無視し、抑留者に種々の虐待を加え、精神的肉体的苦痛を与えた。3件
      根本:指揮官として抑留者を虐待。設備その他の不完全により、多数の病人を出したこと等により自己の職責を無視し怠った。打擲殴打その他の虐待により屈辱を与えた。7件
      三橋:指揮官として抑留者に対する虐待、部下の犯行許容、医薬品の支給拒否。11件
      県警察部・中尾正武警視・福島:45/10/7判決無罪>確認

      所長・根本恒警部補・福島:45/10/7判決5年>確認3年4月半

      所長・三橋由男警部補・福島:45/10/7判決5年>確認3年4月半

       

       1942/7、福島市花園町にあったノートルダム修道院(現・桜の聖母短大マルグリット館)に民間人抑留所が設置され、インド洋で拿捕された敵船舶の乗員乗客11カ国・約140名が収容された。
       
       抑留者は、0歳から60歳代までの男女で、1944/3国際赤十字の視察があるまでは、国際・国内共に秘匿された収容所であった。
       
       抑留者の処遇について国際赤十字は、「他の収容所よりはマシ」と評価していたようだが、日本人も物資不足の中での抑留生活は厳しかったと思われる。
       
       抑留者たちは外出を許されず、1年中窓を閉め切って暮らしていたというが、軽作業はさせられていたのではないか。
       また男女間は扉で仕切られて管理していたというが、抑留者同士の結婚が認められているので、一応人道的管理が行なわれていたと思われる。

       

       

       

       所内事務室で抑留者がたびたび体罰を受けたというが、処罰程度は軽く、法廷は「大袈裟」と判断してたんじゃないか。
       抑留中の死亡者は、1945/2/7に病死した豪人看護婦エリザベス・グリソンと、1945/8/28米軍投下の救援物資直撃で死亡した蘭人女性キャロライン・エレーナだけであったようだ。
      【2011.07.22 Friday 14:42】 author :
      | B級裁判 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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