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3639:東京裁判に関連する日本人には理解されない事実3/3
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    東京裁判に関連する日本人には理解されない事実1/32/3

     

    31、日本に対するA級侵略罪の訴追はポツダム降伏条件違反。

    日本のC級・人道犯罪を訴追しようとしても、カイロ宣言で非難した「朝鮮の奴隷状態」は存在せず、「中国・アジアにおける残虐行為」の規模・対象はB級・通例戦争犯罪が限度で、C級・人道犯罪が適用出来なかった。そこで、原爆投下や東京大空襲という明白な人道犯罪を行なっていたアメリカとしては、日本をC級・人道犯罪で起訴出来ないのなら、懲役刑限度のA級・侵略犯罪を重大犯罪であったかのように見せ掛けて有罪・死刑にする必要があった。そのためにGHQの強権を使って、広範囲に共同謀議者を起訴し、併合罪としてB級通例戦争犯罪の虐殺不作為責任事件を起訴有罪にして、侵略犯罪者を処刑したのが東京裁判であった。

    アメリカは、ポツダム宣言第六項「吾等ハ無責任ナル軍国主義カ世界ヨリ駆逐セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序カ生シ得サルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ツルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレサルヘカラス」を拡大解釈して、陸戦法規に違反する憲法改正、公職追放、WGIPなどを行なっているが、最も重大なポツダム降伏条件違反は、東京裁判の強行であった。

    ポツダム宣言第十項は、「吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」と、戦犯処罰を明記している。

    この「一切の戦争犯罪人」とは、1943年12月に連合国戦争犯罪委員会が世界に公表した処罰予定32項目(1944年5月追加・無差別集団逮捕)のB級通例戦争犯罪人の事であり、A級侵略犯罪人やC級人道犯罪人は含まれていなかった。同宣言第五項が「吾等ノ条件ハ左ノ如シ 吾等ハ右条件ヨリ離脱スルコトナカルヘシ右ニ代ル条件存在セス」と明記していることから、アメリカが侵略犯罪を裁く東京裁判を強行したのは、明白なポツダム降伏条件違反であった。

     

     

    32、ニュルンベルグ裁判と東京裁判の訴因の違い。

    ドイツの侵略犯罪などを裁くニュルンベルグ裁判条例を協議した米英仏ソのうち、フランスは国際慣習通り戦争自体は違法では無いと主張し、侵略戦争を行なっていたソ連も之に賛同したが、ドイツに限るという条件で侵略犯罪の適用を認めたため、米英のカサブランカ宣言通り、ドイツによる戦争全てを侵略行為とすることとなった。ニュルンベルグ裁判の国際軍事裁判所条例は、4カ国ロンドン協定の付属書として公表され、侵略戦争犯罪自体は、有期刑が限度の軽罪という共通認識が有り、主要訴追対象はあくまでも人道犯罪であった。

    4カ国協議の結果、ニュルンベルグ裁判の訴因は「侵略戦争共同謀議」・「平和に対する罪」・「人道に対する罪」・「通例戦争犯罪」の4件に限定された。「平和に対する罪」とは侵略戦争犯罪のことであるが、何故「侵略戦争共同謀議」が別件で定められたかというと、ナチス、ゲシュタポ、親衛隊、保安隊などを謀議団体として、「平和に対する罪」で直接起訴出来ない者らを、「共同謀議」名目で広範囲に逮捕・捜査・起訴して、多数の有罪判決を下す目的で定められた。しかし、ドイツに対する主罪はC級・人道犯罪で、この罪状により多数の証拠で極刑に出来たため、A級・侵略罪や共謀罪は重視されなかった。

    一方、東京裁判の当初訴因は、「A級・平和に対する罪」「B級・通例戦争犯罪」「共同謀議」など55件で、宣戦布告前の真珠湾攻撃を殺人罪として起訴する国際法慣習無視や、些細なB級通例戦争犯罪を東京裁判で起訴するなど、判決時に10件の訴因にまとめられたが、ニュルンベルグ裁判のような明確な方針によって起訴されたものではなかった。また、カイロ宣言で公表されていた「朝鮮の奴隷状態」や、特に「中国各地の大虐殺」は、戦中にイギリス情報局から「単なるプロパガンダ」という報告が有り、極刑判決に必要なC級・人道犯罪は1件も起訴されなかった。

    日本に対する軍事裁判で、重大戦争犯罪の処刑者を多く出したかったアメリカとしては、ドイツの場合は多数のC級・人道犯罪の証拠があったので、侵略罪に拘らずとも多数の死刑判決を下せたが、C級・人道犯罪を起訴出来なかった日本の場合は、A級・侵略罪だけでなく、共同謀議を広範に評価しほぼ無関係の者まで起訴した。また、侵略や共同謀議罪だけでは極刑に出来ないために、A級・侵略罪にB級・通例戦争犯罪の不作為責任を併合罪として起訴し、極刑を下さなければならなかった。このB級・通例戦争犯罪は、部下による犯罪行為を抑止出来なかったという不作為責任を負わせたもので、部下による犯罪行為の証明や、部下の犯罪行為を知り得たか否かの証明もなしに極刑にするという不当なものであった。

    東京裁判の判決は、判決文として成立し得たかを疑うような文章で、不合理な連合軍主張を書き連ねているだけの判決であった。

     

     

    33、東京裁判において人道犯罪の適用はなかった。

    ドイツ裁判では、多数の人道犯罪が起訴され、有罪になっているので、東京裁判でも人道犯罪が有罪になったと世界が思い込んでしまっているが、東京裁判において人道犯罪は1件も起訴されなかった。

    東京裁判の国際検察団はGHQの意向を受けて、日本による人道犯罪を起訴したかった。そこで、カイロ宣言において言及されていた朝鮮の奴隷状況について、男性に対する強制労働や、ドイツが行なっていたような異民族女性に対する強制売淫を起訴しようと、アジア各地で捜査されたB級戦犯裁判資料や尋問記録を集めて、C級人道犯罪に該当するかを捜査検討したが、結局起訴出来なかった。また、中国やアジア各地で行なわれた市民大量虐殺を起訴しようとしたが、B級通例戦争犯罪による起訴が限度で、C級人道犯罪では起訴出来なかった。

    その結果、東京裁判において、C級人道犯罪は1件も起訴出来なかったのである。

    「ドイツは、戦争犯罪を反省し謝罪賠償しているが、日本は戦争犯罪に対する反省が薄く、謝罪賠償が不充分」という主張が、ドイツ地方紙に掲載されたこともある。

    しかし、ドイツは、1950年11月8日・西ドイツ連邦議会メルカッツの独兵名誉回復演説、1952年9月17日・西ドイツ連邦議会メルカッツ・メルテン・エーヴァースの戦犯裁判批判演説、1952年12月3日・アデナウアー首相の国防軍名誉回復演説などが、何度も繰り返され、1997年ドイツ国内で開催された「絶滅戦争・国防軍の犯罪1941〜1944」パネル展に反発し、「ドイツ国防軍従事者へのあらゆる非難に、断固として反対する決議」がドイツ連邦議会で採択されている。

    これは1965年、アルントのナチ犯罪と戦争犯罪分離演説路線が示した通り、ドイツが認めているのは、ナチ犯罪としてのC級人道犯罪だけで、国防軍によるA級侵略犯罪とB級通例戦争犯罪はドイツ連邦議会が否定しているのである。

    「ドイツと比べ戦争犯罪を否定する日本」という誤認識基づく日本批判があるが、日本に適用されたのは、ドイツの連邦議会が否定しているのと同じ、A級侵略犯罪とB級通例戦争犯罪だけであって、ドイツが認めているC級人道犯罪は、日本には適用されなかった。ドイツを見習って、日本が「大日本帝国陸海軍従事者へのあらゆる非難に、断固として反対する決議」を衆参両院で可決してA級、B級犯罪適用を否定したら、C級人道犯罪国家のドイツは、「道徳的に劣位にある日本」を批判する事が出来なくなる。

     

    国家無条件降伏したドイツには旧来の講和が認められなかったので、日本と違って講和成立で発効する大赦条項の適用には疑義があるが、批判を無視して戦犯の特赦を強行したり、90年代でも戦犯の懲役刑継続していたりなど、戦犯に対する認識が不充分である。

     

     

    34、東京裁判起訴前後で、侵略定義は変更された。

    アメリカは、ポツダム宣言提示によって、日本に対する侵略国定義を一時的に撤回したが、東京裁判開廷時には、無条件降伏した枢軸国と同様に日本の戦争全てを侵略戦争と見做して、米英蘭仏中ソの外、タイ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、比島・インド(計画のみ)に対する戦争も侵略として起訴した。

    タイ侵略について、軍事裁判で起訴する以上、検察は有罪の確信があって起訴したと思われがちだが、日本の同盟国だったタイとの戦争行為は、マレーへの進攻準備で偶発的に起きた戦闘であって侵略では無いことは明らかであった。従って、タイ侵略については、好意的に判断して東京裁判の正当性を示すために、無罪判決予定で起訴したとも思われる。

    比島・インド侵略については、日本の戦争目的のアジア解放を否定するために、アジアの一部であるフィリピンとインドの裁判官を東京裁判に招致して、彼等の被植民地国に対する侵略を起訴したに過ぎない。しかし、比島・インドは米英の植民地であって、1943年に日本が比政府を承認したが、アメリカは「傀儡」と批判し独立を認めなかった。従って、欧米植民地の比島・インドに主権はなく、被侵略国には当たらない。これらに対する日本の進攻は、米英に対する侵略として起訴済みで、判決には含まれなかった。

    また、.オーストラリア、ニュージーランド、カナダは、イギリスに従い参戦しているため、日本との戦争を被侵略戦争として起訴したが、東京裁判開廷後に、先制攻撃を侵略とする方針に変更され、自国本土が侵略されていない段階で対日戦争に参加している.オーストラリア・ニュージーランド・カナダ侵略は判決されなかった。オーストラリア本土は、100回程度日本軍に攻撃されているので、侵略有罪は不可能では無かったが、オーストラリアは、対日戦争のためオランダと共に中立国だったポルトガル領チモールに先制進攻している。この中立侵犯について、日本では一切触れられないが、第1次大戦後の国際会議で中立国に対する進攻を侵略と見做す国際合意が成立しているので、オーストラリア侵略判決を残す事を避けたのかもしれない。

    フランス侵略については、ヴィシー政権との合意による北部仏印進駐時の偶発的戦闘期から侵略起訴されたが、判決では侵略始期を曖昧のまま南部仏印先制攻撃を以てフランス侵略有罪判決が下された。

    中国侵略については、緒戦の上海・南京戦を日本による侵略として起訴したが、起訴後に先制攻撃有罪への方針変更から、証拠によって中国側の侵略により開戦したことが明らかになり、重要裁判をオーストラリア侵略などのように判決無しでは済ませられず、日本による侵略については無罪判決が下された。日本では、「中国による先制攻撃は自衛目的であったため、日本による侵略が無罪になっても、中国による侵略戦争には当たらない。」という主張がある。しかし、中国は上海停戦協定に違反して、非武装地帯を侵犯して日本の共同租界に侵攻しているため、第1次大戦の中立侵犯不法の先例から、不戦条約の自衛戦争主張は認められない。日本による上海・南京侵略無罪判決の代償として冤罪の南京虐殺事件が捏造された。

     

    <参考>

    戦争違法化の変遷

    ・第1次世界大戦まで・・・先制攻撃を含む全ての戦争は合法

    ・第1次世界大戦後・・・中立国への進攻は自衛名目に関わらず違法な侵略戦争

    ・1928不戦条約・・・自衛戦争以外の戦争を放棄、違反国は不戦条約の利益が得られない。

    ・1943カサブランカ宣言・・・枢軸国による戦争は全て侵略戦争

    ・1945ニュルンベルグ裁判・・・枢軸国・ドイツによる戦争は全て侵略戦争

    ・1945ポツダム宣言提示・・・日本の戦争は不正ではない通常戦争

    ・1946東京裁判起訴段階・・・枢軸国日本による戦争は全て侵略戦争

    ・1946東京裁判開廷後・・・国家無条件降伏していない日本は、侵略枢軸国定義から除外され、先制攻撃を侵略戦争とする定義に変更された。

    日本の先制攻撃であった対欧米戦争については、74年の国連決議と同様、先制武力攻撃である戦争惹起行為を違法な侵略戦争として起訴継続された。

    ・1948東京裁判判決後・・・不戦条約の先制自衛攻撃容認が自動復活、自衛名目の戦争惹起行為である敵基地先制攻撃正当論は不戦条約上合法な戦争。

    ・1974国連侵略決議・・・・東京裁判判決に合わせて、先制攻撃は「一応違法な侵略戦争」とされるが、第1次大戦後の侵略定義・「条約の神聖を冒した戦争」定義は無視。

    ・2010国際司法裁判所侵略定義・・・国連決議と同様に、戦争惹起行為を侵略と定義しただけの無意味な定義。

     

    日本に於ける侵略定義は、1946東京裁判当初起訴段階、即ち「日本による戦争は全て侵略戦争」で固定化されてしまっている。この思考停止に、村山談話の戦犯裁判判決歪曲捏造が加わって、東京裁判判決無視の講和条約違反、違憲村山談話が踏襲されてきた。

     

     

    35、東京裁判の侵略判決

    35-1、侵略戦争とは何か。

    不戦条約は、先制進攻が行なわれても、当事国が自衛を主張すれば自衛戦争と認めるザル条約であったが、第1次大戦後の国際合意で「国際道義に反する条約違反の戦争が平和に対する罪」とする国際合意が成立していたと見做され、たとえ自衛目的であっても、中立条約違反の先制進攻を違法な侵略戦争とするのは、不戦条約に整合している。

    中立侵犯の先制進攻を侵略戦争とする国際合意があるのに、東京裁判でこの侵略定義が無視されたのは、第2次大戦中の対独戦争のため中立国イランにイギリス・ソ連が先制進攻し、対日戦争のために中立国ポルトガル領チモールにオランダ・オーストラリアが先制進攻していた為である。また、対日戦争において中国は、上海停戦協定に違反し非武装地帯に先制進攻し、この侵略行為についてアメリカは「日本による侵略戦争」とプロパガンダして、イギリス・オランダ・中国と共に準戦争行為の先制対日経済封鎖を行っていた。そして、ソ連が中立条約違反の満州・日本侵略戦争を行なっていたからである。従って、全ての連合国は侵略戦争の共同正犯であったため、不戦条約前文の「本条約ノ供与スル利益ヲ拒否セラルベキモノナルコト」により、日本に対し自衛戦争を惹起したり、平和的手段を求めることが出来ない。この連合国による侵略行為隠蔽のため、東京裁判では単に先制攻撃を侵略戦争として日本を裁いたのである。また、戦後の国連侵略決議においても、戦争惹起を侵略戦争と定義し、中立違反は無視されたままである。

     

     

    35-2、東京裁判における満州侵略

    日本人の多くが、「満州侵略は、日本による明らかな侵略だった。」と思い込んでいるため、満州侵略有罪判決をそのまま受け容れてしまっている。

    しかし、太平洋戦争を裁く東京裁判において、戦前に国際法上終結している別の戦争が、何故裁かれたのかを疑問視することなく、戦勝国の言うがまま満州侵略について日本を批判するのは、日本の立場で歴史を認識することが出来ないからである。

    東京裁判においては、1928年から1945年までの間の中国侵略が起訴されている。具体的な審理過程において、張作霖爆殺事件・柳条湖事件以降の満州事変、並びに第2次上海事変から首都南京攻略戦まで、そして、その後の日中戦争の3期間について侵略戦争犯罪人を起訴し、審理されている。

    張作霖爆殺事件は、単に謀殺事件であって、戦争行為には当たらない。また柳条湖事件以降の満州事変は、リットン報告も認めている通り、張軍閥による条約違反、対日テロに対応する自衛主張が可能であり、そもそもこの満州事変は、日中間の停戦協定で国際法上終結し、日中の国交は回復していた。それが何故侵略起訴されたかと言えば、ローズヴェルトによるカイロ宣言正当化のため、並びに第2次上海事変以降の中国侵略が無罪になった場合でも、満州事変から継続する侵略行為全体として侵略判決を誘導するためである。

    日本では河本大佐による張作霖謀殺説が定説になっているが、東京裁判でパル判事が指摘している通り、ソ連と衝突していた張作霖の抹殺はソ連にとって最有益で有り、未だ日本を利用する意思があった張作霖を謀殺した結果、張学良の反日行動を招いただけで、日本のメリットは少なかった。

    実質的な満州侵略戦争は、1931年9月の鉄道爆破の柳条湖事件により開始され、1933年5月の塘沽停戦協定により終結した。この塘沽協定が「講和条約としては不充分だった。」という主張があるが、国際条約を尊重遵守しないのは中国の伝統であり、中国による戦争終結否定並びにこれに同調する日本人の主張は、日本を侵略国家にしておきたい願望に過ぎない。

    満州事変は、リットン報告でも日本による侵略行為と断定されず、特殊権益の存在が認められ、連盟の制裁対象にもならなかった。日本による満州進攻は、張軍閥の対日条約違反や抗日テロに対抗するもので、日本の安全保障上、自衛戦争であった。当時張学良軍閥は、弟の張学思は共産党員であり、後に学良も西安事件を経て入党していることから、1932年4月日本に宣戦布告した中共に近い親共軍閥であったといえる。この満州進攻は、日本の自衛戦争であり、「先制進攻を留保容認し、自衛戦争の決定権は当事国にある」という不戦条約に違反していない。

    日本の自衛戦争であり、且つ二国間条約で終結している満州事変が、何故東京裁判で起訴されたのか。それは不法不当のカイロ宣言を正当化するためである。

     

    カイロ宣言は「満洲、台湾及澎湖島ノ如キ日本国カ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ」としている。

    台湾及び澎湖島は、日清戦争の講和条約において清国から日本に割譲された地域であって、条約により確定した領土を盗取とは言わない。また満州は、日露戦争の講和条約において、ロシアの利権であった鉄道と付属地のうち日本軍挺身隊が進出した南満州領域までの管轄権を得たものであって、南満州領土自体は清国に返還しているので、管轄権の割譲は清国も同意しており盗取には当たらない。

    満州事変当時は、漢民族・奉天軍閥が既に清国・満民族から盗取支配していた領域であって、日本が清国人から盗取した事実は無い。

    当時の満州は、、清復辟派の宗社党や蒙古、各軍閥の外、コミンテルンも絡む混乱状態を、日本軍がようやく治安維持している状況であった、また、元清国皇帝溥儀は、退位条件の紫禁城居住や年金給付・陵墓保護の約束を中華民国に反故にされ、いつ暗殺されてもおかしくない状況にあった。満州事変により、日本は当時満州を盗取していた張軍閥を排除して清国人の国家・満州国の独立支援をしたともいえるが、少なくとも「清国人より盗取」には当たらない。カイロ宣言は、「満民族の領土満州を漢民族に返還する」としているが、「清国人から盗取した。」と日本を批判しながら、清国皇帝溥儀が復辟していた清国人の国家・満州を、漢民族の中華民国に盗取させる宣言に過ぎない。

     

    大西洋憲章と共に、カイロ宣言でも「同盟国ハ自国ノ為ニ何等ノ利得ヲモ欲求スルモノニ非ス又領土拡張ノ何等ノ念ヲモ有スルモノニ非ス 右同盟国ノ目的ハ日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国カ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト」と、連合国の領土不拡大が宣言されていた。

    しかし、アメリカは、太平洋戦争において日本が占領した領域だけで無く、第1次大戦後の講和で日本が得た太平洋の委任統治領まで奪取と非難宣言し、加えて日清戦争の講和で画定された台湾及び澎湖島を、清国人から盗取したと日本を非難しながら、日本と中華民国間の戦争終結を無視して、清国人の国家とその領土満州を中華民国に与える旨宣言したのである。

    作戦の過程でアメリカが日本領に進攻することは有り得ても、事前に日本領剥奪を宣言している以上、アメリカの領土不拡大宣言は虚偽である。また、中国領土拡張は、中国に日本と単独講和させないためのアメリカによる贈賄である。日本の大東亜戦争主張は、日本が敗戦したため日本人まで否定しているが、欧米にとっては人種間戦争と位置付けられることは非常に問題があった。その為、黄色人種の中国を連合国に引き留めておくために軍事経済支援して、日本との単独講和を妨害したのだが、それだけでは欧米からも侵略され続けてきた中国を満足させられない為、過去の条約で終結した戦争の結果画定した「満州・台湾・澎湖島」を「中華民国に与える。」と約して、日本が進攻した東南アジア諸国の独立運動までも華僑に妨害させたのである。

    そこに何の正義も無かった。「清国人から日本が奪った満州」というのは「日本が支援して再興した清国人国家満州」であり、その満州を漢民族の中華民国に与えたのである。そしてこの不法性は、ソ連が満州に侵攻し、中共が満州を奪っても、アメリカは関与しなかったことからも明らかである。

    当然ながら、日本が単純な善意で満州を建国した訳では無い。しかし、張軍閥による対日条約無視や反日政策、頻発するテロ、そして易幟だけで無くその後の赤化を考えた時、満州に親日国家を建国支援することは、日本の安全保障に重大な意義があった。

    満州を中国侵略と主張するのは、中国によるチベット・ウイグル・内モンゴル侵略批判に対し内政問題と正当化する中国の主張と同じである。

     

    日中間協定で終結済みの満州事変を、10年以上後の大平洋戦争裁判で侵略罪を強要するのは、スチムソンの「強制された講和は無効」以上に不法であり、多国間の過去の戦争終結の領土条約全てに無効主張が可能になり、大西洋憲章や領土拡張を否定したカイロ宣言前段にも違反している。

    戦後、中華民国に与えられた満州では、満州民族・文化は消滅しつつある。

    過去の国際条約で画定済みの領土を奪還できるというカイロ宣言を知ったスターリンは、日露戦争の結果も反故に出来ると考え、テヘラン会談で対日参戦を表明し、千島をソ連固有領土とローズヴェルトに主張して(随行員証言)、日本固有領土を盗取するヤルタ密談に繋がるのである。

    ソ連による中立国満州侵略と満州日本人老幼婦女子虐殺20万人は、スターリンとローズヴェルトの合作である。

     

     

    35-3、東京裁判における中国侵略無罪判決

    支那事変緒戦の上海戦から南京攻略戦を指揮した松井大将は、中国侵略罪と侵略共同謀議罪で起訴されたが、どちらも無罪になっている。これは、松井大将の指揮した戦争が中国側による対日先制侵略への応戦・自衛戦争と認められたからである。また、他の中国侵略有罪犯・板垣・土肥原・広田らとの共同謀議も無罪になっていることから、他の中国侵略とは完全分離され、上海防衛・南京攻略戦争が独立して侵略無罪が認定されたことになる。この中国侵略無罪は、筆者個人の歴史認識ではなく東京裁判判決文に明記された史実である。

    東京裁判で日本が侵略無罪となった上海事変勃発直後、南京攻略戦戦前の1937/10/5に、ローズヴェルトはシカゴで、世界でおこなわれつつある侵略行為を非難し隔離演説を行った。

    「世界の九割の人々の平和と自由、そして安全が、すべての国際的な秩序と法を破壊しようとしている残り一割の人々によって脅かされようとしている。(…)不幸にも世界に無秩序という疫病が広がっているようである。身体を蝕む疫病が広がりだした場合、共同体は、疫病の流行から共同体の健康を守るために病人を隔離することを認めている」・・・上海事変によって、日本の平和と自由そして安全を脅かしていたのは、中国とドイツであった。

    「宣戦の布告も警告も、また正当な理由もなく婦女子をふくむ一般市民が、空中からの爆弾によって仮借なく殺戮されている戦慄すべき状態が現出している。このような好戦的傾向が漸次他国に蔓延するおそれがある。彼ら平和を愛好する国民の共同行動によって隔離されるべきである」「世界的無法状態という疫病が広がりつつある」・・・「宣戦の布告も警告も、また正当な理由もなく婦女子をふくむ一般上海市民が、空中からの爆弾によって仮借なく殺戮されている戦慄すべき状態」を現出させていたのは中国軍であった。

     

    上海・南京侵略無罪判決で明らかなように、上海事変は、ドイツと共謀した中国によって1932年5月5日に始められた上海停戦協定違反の日本侵略戦争であった。米政府の日本非難見解とは異なり、当時から欧米各紙は、中国の侵略行為と日本の抑制的対応を好意的に報じていたので、東京裁判検察も上海侵略無罪も想定していただろうが、南京侵略まで無罪になるのは予想外だったようで、侵略無罪の代わりに無理矢理虐殺不作為責任事件を捏造して、松井大将を絞首刑にしている。

    上海事変中から欧米各国は、中国がドイツ軍事顧問団の指導と軍事支援を受け、協定違反の数万のトーチカ群などのゼークトラインを構築し、大軍による対日先制攻撃を仕掛けており、毒ガス兵器も使用していたことを確認していたので、東京裁判判決を待つまでもなく、当時世界的無法状態を広げていたのは中国・ドイツであった。ローズヴェルトの隔離演説の対象が日独だったという主張があるが、ローズヴェルトは中国利権獲得目的で中独間の同盟関係離反を謀っていただけで、隔離演説の対象はあくまでも防衛戦争を行っていた日本であった。東京裁判・中国上海南京侵略無罪判決で明らかなように、隔離演説後にローズヴェルトは、日本に対し侵略戦争を仕掛けていた中国を軍事経済支援し、英国・オランダと共謀して日本に対して戦争行為に準じる先制経済封鎖を実行したのである。

    ポツダム降伏条件に違反する東京裁判実施を要求した中国としては、法廷が日本による戦争全てを違法とする侵略定義を変更し、上海事変について日本の侵略無罪判決を下すのは想定外だった。その上、上海戦の継続戦争として南京戦まで侵略無罪になったことは容認出来なかった。そこで同時に起訴されていた南京虐殺事件訴因「南京攻撃による中華民国の一般人及び非武装軍隊の殺害」による有罪処刑を求めた。

    検察も、南京侵略だけでは死刑に出来ない事を承知していたので、「俘虜及び一般人の殺害」訴因で、南京を含め6件の中国内B級通例戦争犯罪事件を起訴していた。南京大虐殺が事実であれば、C級・人道犯罪「戦前又ハ戦時中為サレタル殺人、殲滅、奴隷的虐使、追放、其ノ他ノ非人道的行為、若ハ犯行地ノ国内法違反タルト否トヲ問ハズ、本裁判所ノ管轄ニ属スル犯罪ノ遂行トシテ又ハ之ニ関連シテ為サレタル政治的又ハ人種的理由ニ基ク迫害行為。」で起訴出来たはずであるが、ドイツに適用されたC級・人道犯罪のような組織的かつ大量殺害の証拠は無かったため、C級・人道犯罪では起訴されなかった。

    上海・南京侵略が無罪になった松井大将を、B級・通例戦争犯罪「南京攻撃による中華民国の一般人及び非武装軍隊の殺害」の発令者として起訴しようとしたが、大将が発令した複数の軍紀遵守命令の外は、戦争法規違反である殺害遂行命令・援護・許可などの証拠は1件も見付からなかった。そこで検察は「条約遵守の責任無視による戦争法規違反」、即ち部下による戦争犯罪を抑止出来なかった不作為責任によって処刑しようとした。しかし、東京裁判南京法廷の証言は伝聞・噂話程度で、多数の虐殺証言や百人斬り事件までも捜査したが、部下による戦争法規違反事件を特定し起訴することが出来なかった。

    そこで検察は、南京における戦争法規違反を1件も特定・起訴出来ないまま、部下による犯罪の不作為責任のみで大将を起訴し、有罪判決により大将は絞首刑にしてしまった。

     

    同じく広田弘毅の処刑理由も南京虐殺の不作為責任だけであったが、文官の広田には二等兵への命令権もなかったので、不作為責任自体が存在しなかったが、処刑してしまえば南京虐殺の鉄の証拠となり、明らかな冤罪大虐殺事件で大将と大臣が処刑された事になったのである。

     

    本項の、東京裁判中国上海・南京侵略無罪判決事件は、日本人の誰もが知るべき重大な事件である。

    大半の日本人は、「日本は中国を侵略し、虐殺事件を起こした。」と思い込んでいるが、松井大将を裁いた東京裁判は、中国による上海侵略応戦後に首都南京を攻略していても、上海と共に南京侵略も無罪判決を下している。命令無しの個人犯罪で20万人以上の中国人を殺害するという軍隊の常識からは考えられない虐殺不作為責任で、松井大将は絞首刑になっているため、「東京裁判の判決があるのだから、南京虐殺を否定するな。」という主張も理解出来ないことでは無い。しかし「虐殺有罪」を主張するなら、同じ法廷で判決された「中国侵略無罪」を同時に主張していなければ矛盾する。中国による「日本は中国を侵略し、南京虐殺を行なった。」と、両方主張するのは欲張り過ぎである。

     

    中国軍民による日本人虐殺事件であった通州事件については、インターネットでは知られてきたが、松井大将が侵略無罪になった上海事変は、ドイツ軍事顧問団の作戦指導により中国軍が通州事件より大規模なテロ攻撃を仕掛けてきたもので、後の東京裁判の侵略無罪判決で明らかなように、もし日本軍が自衛戦争に出なければ、数万の居留民や中国民間人の多くが中国軍により通州のように虐殺されていた事だろう。この自衛戦争について、アメリカは「無法な侵略戦争」とプロパガンダして、イギリス、オランダ、中国と共に日本を準戦争行為の経済封鎖をして、一方中国に対しては経済・軍事支援して、日中間の講和を妨害したのである。

     

    日本人の多くは、日本が無謀な侵略戦争を始めたと思い込んでいるが、日中戦争は中国の日本侵略によって開始され、アメリカ自身が準戦争行為と認める対日経済封鎖によって、日本を戦争に引きずり込んだのである。・・・日本が侵略戦争を開始したのではなかった。

     

    35-4、東京裁判における日中継続戦争侵略有罪判決

    東京裁判において南京攻略戦後の日中継続戦争は、新規の中国に対する戦争惹起として扱われ、侵略有罪の判決が下された。しかし、南京戦後は、日中共に講和を望んでおり、米英が中国を軍事支援しなければ、日中講和は成立していた。

    日本に対して平和に対する罪を犯したのは、米英蘭の連合国である。

    支那事変開戦直後に、ローズヴェルトは日本の侵略行為と国際宣伝し、連合国共同で対日経済封鎖すると共に、中国に対し経済・軍事援助を行い、日中講和を妨害した。しかし、前項の通り、日中戦争はドイツの協力を得た中国の対日先制侵略で開戦している。アメリカの日本侵略戦争批判が反日プロパガンダであった事は、東京裁判の上海・南京に対する侵略日本無罪判決により明らかである。

    南京攻略後の継続戦争について、日本による中国侵略と認定されたが、これは中国のメンツを尊重して、東京裁判起訴時の侵略定義「枢軸国による戦争は全て侵略」定義を復活させただけである。

    東京裁判では、中国の先制侵略に応戦した上海戦が、日本の侵略戦争を否定されているが、継続する南京攻略戦についても日本の侵略戦争は無罪判決が下されている。であるなら南京戦後の日中継続戦争を日本の侵略戦争と認定した根拠は全く不明である。この判例に従えば、ハワイを侵略された米国が自衛応戦する事は侵略無罪であるが、太平洋の日本委任統治領並びに日本領土に侵攻した行為は侵略有罪と見做すことも可能である。

     

     

    35-5、東京裁判にアジア侵略有罪判決は無い。

    国連は未だに日本を敵国条項の対象にしている。何故なら、日本が欧米侵略有罪の東京裁判判決をアジア侵略に歪曲捏造して、侵略有罪判決対象ではないアジアに謝罪し、アジアに賠償を含む経済・技術支援をする一方、欧米のアジア植民地に対する日本の侵略によってアジア諸国の独立を招き、その結果莫大な植民地利権を失った欧米に対する謝罪反省をしていないからである。

    アジアを侵略し植民地支配していた欧米としては、日本が東京裁判の欧米侵略有罪判決をアジア侵略有罪だったかのように謝罪反省してくれるのは、日本の戦争目的であった「アジア解放」を、日本人が否定してくれる事になるので、都合が良かった。

    しかし、謝罪という以上、裁判で有罪が確定した罪を謝るべきであるにも関わらず、村山総理は、欧米植民地即ち欧米に対する侵略有罪確定判決を無視し、アジア諸国侵略有罪であったかのような謝罪談話を公表したのである。これは、国際法上合法であった朝鮮併合を、日本による侵略と植民地支配の先駆けであったかのように、日本だけで無く国際社会に誤認させる目的で、東京裁判においてアジア侵略と植民地支配有罪判決があったかのように捏造したのである。

    村山談話は、日本によるアジア諸国侵略を謝罪反省しているが、当時アジアの独立国はタイだけで、他の全てのアジア地域は欧米に侵略された植民地であった。即ち日本が進攻したアジア領域は、アメリカ・イギリス・オランダ・フランスの主権下にあった。従って、当然に東京裁判の侵略有罪判決は、欧米に対する侵略有罪判決であって、アジア侵略有罪判決はない。この事実は、判決概要だけを見ても誰にでも簡単に理解・確認出来る。然るに、総理ともあろう者が公然と欧米侵略有罪判決をアジア侵略有罪に歪曲捏造し、この村山談話をマスコミや世論が支持し、政府までが踏襲する結果となった。

    村山談話はアジア侵略と共に、植民地支配を謝罪反省している。しかし、アジアを植民地支配していた欧米が管轄した各地の戦犯裁判において、植民地支配有罪判決がある筈は無い。

    日本による植民地支配を謝罪しているのだが、アジア各地で行なわれた戦犯裁判法廷では、多数の独立派現地民と共に植民地独立運動に関わった日本人が有罪処刑され、また多数の日本兵が無裁判拷問処刑されている。つまり、植民地支配が罪とされたのではなく、植民地独立支援が罪とされているのに、村山総理が植民地支配を謝罪反省しているのは、どのような罪を根拠にしているのだろうか。

     

    東京裁判判決は、サンフランシスコ講和条約11条で受諾義務が規定され、憲法98条2項には条約誠実遵守義務が規定されている。この部分について、「講和条約で国際復帰している日本は、東京裁判判決を受諾しているので村山談話を否定できない。」と主張する方がいる。しかし、村山談話こそが東京裁判判決を歪曲捏造して、憲法の条約誠実遵守義務に違反し憲法99条の憲法尊重擁護義務に違反しているため、憲法98条1項に基づき失効されるべき談話である。

     

    村山談話は、当時敗訴続きの朝鮮人売春婦賠償事件の代わりに、村山総理と彼に近い弁護士等が共謀して、女性基金を創設し日本国民から浄財を集める動機付けのために、朝鮮併合をアジア侵略の植民地支配として誤認させる目的で、東京裁判判決にない「アジア諸国侵略と植民地支配の謝罪反省談話」を公表したのである。この事実は、女性基金の村山理事長あいさつで「村山談話公表の同日、全国紙に女性基金創設が発表された」と述べられているように、関連付けようとする意図は明らかであった。

    アジア各地における加害行為は、アジア各地のB級通例戦争犯罪法廷で裁かれており、重大侵略戦争犯罪人を裁いた東京裁判とは直接的関係が無い。

     

     

    35-6、東京裁判におけるソ連・蒙古侵略

    ? 1938年7月、ソ連軍による非武装地帯への侵攻で始まった張鼓峰事件は、同年8月の停戦協定により終結した。また、1939年5月、ノモンハンでソ連・蒙古軍の侵攻により軍事衝突が開始され同年9月に停戦した国境問題については、1941年10月、総合議定書調印により最終解決した。これらの事件は、いずれも短期間で終結した局所国境紛争であって、侵略の定義には該当しない単なる軍事衝突に過ぎなかった。そしていずれも停戦協定が成立した上に、1941年4月には日ソ間で中立条約が締結され、国交も完全回復していた。

    それが何故東京裁判において侵略起訴されたかというと、米ソが共謀して行なった国際法違反のソ連による満州・日本侵略戦争について、単なる国境紛争を日本によるソ連侵略有罪にすることによってすり替え、その代償として日本固有領土の樺太千島をソ連に盗取させるためである。

    カイロ宣言公表によって、「対日戦争に参加すれば、過去に国際条約で画定された領土や日本の領土まで盗取出来る」と知ったスターリンは、テヘラン会談で対日戦争参戦を表明し、ヤルタ密談で、参戦と引き替えに、日露戦争後のポーツマス条約で割譲された樺太だけでなく、明治初期の千島樺太交換条約で平和的に日本固有の領土化した千島列島まで盗取する承認を、アメリカから取り付けた。?

    スターリンは、連合国から日ソ中立条約破棄の参戦要請を得ようとしたが、トルーマンは、「連合国が署名したモスクワ宣言(1943年)や国連憲章103条・106条などを根拠に、ソ連の参戦は平和と安全を維持する目的で国際社会に代わって共同行動をとるために他の大国と協力するものであり、国連憲章103条に従えば憲章の義務が国際法と抵触する場合には憲章の義務が優先するという見解を示した。」という。

    しかし、トルーマンが「連合軍の掟が、国際法に優先する。」と主張したからといって、中立条約の侵犯は、国際法慣習に違反する侵略行為で有り、不戦条約に違反していた。

    ? トルーマンが戦勝を前提に「国連憲章103条の義務が優先する」と主張しても、敗戦すれば無効になる連合軍内の掟は、国際法に優先しないのは明らかであり、優先主張時点でソ連との侵略共同謀議が成立する。

     

    35-7、村山談話の許し難い歪曲捏造
    村山総理は、欧米植民地侵略をアジア侵略に歪曲し、植民地支配という存在しなかった罪を謝罪反省する村山談話を、世界に公表した。
    しかし、植民地を保有していた国々が管轄した裁判において、植民地支配有罪判決がある筈が無い。

    日本がアジアの欧米植民地を占領したからといって、日本の植民地になるわけではない。例えば日本が占領したオランダ植民地・インドネシアは、陸軍軍政地域は独立支援地域、過疎地の海軍軍政地域は日本の支配予定地域であったが、現実には地域事情や軍政各部門の対応は異なり、支配方針は不確定であった。この事情はアジアの英・仏植民地も同様で、アメリカからの独立が決まっていたフィリピンでさえどのように独立が認められるのか、植民地支配が続くのかは不確実であった。

    アジアの欧米植民地は、日本によるアジア解放を信じる現地民と欧米の支配を望む現地民、華僑らにより混沌としていたが、日本の占領域ではアジア独立の気運が高まっていった。
    日本敗戦後欧米は、独立派現地民を戦時反逆の重罪犯として逮捕処刑していたが、欧米の植民地独立運動弾圧は非常に苛烈なもので、独立運動殲滅のためには過度な拷問も行なわれ、証拠無しの自供だけで逮捕拷問が繰り返された。そのような状況下で、植民地独立を支援協力していた日本人も次々逮捕処刑されていった。アジア各地で、降伏後抑留所から脱走し独立軍に参戦した日本兵の多くは、軍事教練、独立教育など独立支援者だった方が多い。
    日本人の独立支援者が逮捕されれば、戦時反逆の重罪として無裁判で即決拷問処刑され、敗戦後の戦犯裁判においても、反逆・休戦協定違反のB級戦犯として処刑されていったのであり、東京裁判だけでなくアジアの50箇所以上で行なわれた戦犯裁判においても、植民地支配の罪で有罪になった日本人は一人もいなかった。
    植民地独立支援の罪で多数が処刑されていたというのに、日本の総理大臣が起訴されていない植民地支配の罪を世界に謝罪し、これを訂正しようとする日本人が居なかった日本という国は、異常な国家である。

    戦中に亜細亜大学のインドネシア語科の学生が海軍に徴用され、花機関員として日本の支配予定だった海軍軍政地域に送られた。機関長が後にインドネシア独立戦争に従軍して戦死した方だったこともあり、敗戦後復員船を収容所で待っている時、元機関員三人が話し合い、収容所を脱走してオランダ軍を攻撃した。
    軍事教練は短期間で、経験も少ない学生出身だったので、すぐ逮捕され三人共戦犯として銃殺処刑された

    銃殺判決後拘留中の花機関員・金井清さんの遺書
    「国敗れて愛国の情益々深し。同志畑田、池田兄等と語らひ亜細亜民族の一員たる新興印度ネシヤ国家の独立運動に挺身すべき事に決す。ああ然し其壮図も空しく敗れ現在に至る。
    昭和22年3月28日空に一点の雲なき日本晴の朝、異国人に囲まれて軍事法廷にて休戦条約違反敵対行為により死刑の宣告を受く。自分の信念に基き行動したる事に依り死刑なりとも何ら悔ゆる事なし。むしろ信念通り行動し得た喜びを心の内に感じ非常に愉快なり。たとへ此の身は南溟の白露と散ずるとも、魂は永遠不変に貫き生きる事を確信す。・・・御両親様始め皆々様よ。たとへこの身はセレベスの土と化せんとも短き二十三才の一生を顧みて非常に幸福なり。私は其幸福感に包まれて祖国の弥栄と皆々様の御幸福を祈りつつ暁の白露と散ず。これぞ大和男子の本懐なり。」

    復員船を待つ収容所に抑留されていたので戦犯逮捕の可能性は低く、脱走してまで独立運動に挺身する理由はあったのだろうかと思う。しかし、そのまま復員船を待てば、家族の下に帰り幸せな人生を送れたかもしれないものを、3人だけで成功の見込みがない独立戦争を敢行したのである。これは、例えば、チベット密教を学ぶ学生が、焼身自殺が続くチベットの人々を解放するために、拾った木切れで解放軍と戦おうとするようなもので、現代日本人の感覚では無謀としか言い様がない。
    しかし、村山談話を踏襲してきた方々は、この若者達に向かって、愚かと非難し「日本は植民地支配を謝罪反省している。」と言えるのだろうか。

     

    36、余論

    36-1、ポツダム宣言違反の東京裁判と国際法違反の裁判判決、その検証を否定する講和条約11条。

    前述の通り、侵略犯罪を裁く東京裁判の強行は、ポツダム降伏条件に違反していた。また裁判における「戦争惹起を侵略とする定義」は国際法に反していた。

     

    村山談話踏襲派は、「講和条約によって国際復帰した日本は、同11条の判決受諾規定により有罪判決を否定できない。」と主張する。しかし前述の通り、村山談話は判決を捏造している。

     

    まず「講和条約11条は、『判決』を『裁判』に誤訳している。有罪判決を受諾しているだけで、裁判全体を受諾しているのでは無い。」という主張がある。

    しかし、連合国側としては「正義の鉄槌」の意味で「判決」と表現していても、裁判全体を受諾させようとした意図は変わらない。日本側も、「判決を受諾しているだけ。」と判決に拘って解釈しているようでは、無罪は兎も角、中国B級戦犯裁判のように、賄賂要求目的で無実の日本人を逮捕させ、長期拷問後不起訴にして判決が無い裁判など、不法不当な裁判に対する検証を放棄していることになる。

    また「講和条約11条は、講和条約成立で自動発効するアムネスティ・大赦条項による刑の執行停止を制限する条項。」という解釈が通説になっている。しかし、「講和条約が成立すれば、大赦条項の自動発効により戦犯裁判が無効になる。」という国際法慣習は無い。例えば第1次大戦後のヴェルサイユ条約において、ドイツ皇帝に対する対平和罪とドイツ軍人対する戦犯引き渡し訴追が定められているが、条約成立後に、亡命先のオランダが皇帝引き渡しを拒否したため訴追は履行されず、同じくドイツ軍人は、ドイツが引き渡しを拒否してライプチヒ大審院でドイツ側により戦犯裁判が行なわれたように、サンフランシスコ講和条約に戦犯裁判判決受諾規定があろうと無かろうと、戦犯処罰には関係が無い。

    実際に、戦犯赦免が実行された当時、重大戦争犯罪人の処刑は既に執行されており、懲役刑の戦犯赦免に対して連合国から大きな反発は無かったように、連合国にも強い拘りは無かった。

    講和条約11条に戦犯判決受諾義務が規定された理由は、東京裁判がポツダム条件に違反する不法裁判であり、各地で行なわれた戦犯裁判が裁判を装った人道犯罪であったことを、日本に検証・抗議させない目的で規定されたのである。

     

     

    <参考>

    第十一条 日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている物を赦免し、減刑し、及び仮出獄させる権限は、各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については、この権限は、裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外、行使することができない。

     

     

    36-2、講和条約に基づく領土問題解決

    ?日本の領域を定めたのは講和条約であるが、日本と韓国・中国・ロシア間には、現在も領土紛争がある。

    これらの各国は、講和条約の批准国では無いため、第25条により、「第21条の規定を留保して、無権利国にいかなる権利、権原又は利益も与えるものではなく、日本のいかなる権利、権原又は利益も、減損され、又は害されるものとみなしてはならない。」とされている。

    講和条約上の無権利国が、日本の権利を侵害しているのであるが、権利国間の紛争解決手段について第22条に、国際司法裁判所の管轄権受諾規定がある。

    まず、南シナ海問題について、ベトナム・フィリピン・インドネシアなどの権利国が、国際司法裁判所に無権利国・中国との紛争処理を求めた場合、中国は管轄権を受諾していないが、受諾しなければ、第25条「(無権利国に)いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない。」によって反論の機会を失う。

    また、竹島・尖閣諸島問題も、証拠により無権利国の韓国・中華民国・中国の領有主張は認められないであろうし、当時事実上日本の領土範囲を決定したアメリカは国際司法裁判所の管轄権を受諾しているので、アメリカの出廷証言を求めることが可能である。

    そして、無権利国・ロシアとの北方領土問題につても、ヤルタ密談の当事国であったアメリカに日本固有の領土・千島列島放棄決定の経緯証言・説明を求める事が可能である。尚、千島・樺太放棄などについて「放棄条項は絶対」という主張があるが、南極の権原放棄や沖縄等の信託統治領も後に返還されている通り、放棄は「絶対」では無い。

     

    <参考>

    竹島問題:第二条(a)「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」

    尖閣諸島問題:(b)「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」

    北方領土問題:(c)「日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」

    その他:(d)「日本国は、国際連盟の委任統治制度に関連するすべての権利、権原及び請求権を放棄し、且つ、以前に日本国の委任統治の下にあつた太平洋の諸島に信託統治制度を及ぼす千九百四十七年四月二日の国際連合安全保障理事会の行動を受諾する。」

    その他:(e)「日本国は、日本国民の活動に由来するか又は他に由来するかを問わず、南極地域のいずれの部分に対する権利若しくは権原又はいずれの部分に関する利益についても、すべての請求権を放棄する。」

    南シナ海問題:(f)「日本国は、新南群島及び西沙群島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」

    その他:第三条「日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案が行われ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする。」

     

    第二十一条 この条約の第二十五条の規定にかかわらず、中国は、第十条及び第十四条(a)2の利益を受ける権利を有し、朝鮮は、この条約の第二条、第四条、第九条及び第十二条の利益を受ける権利を有する。

     

    第六章紛争の解決

    第二十二条「この条約のいずれかの当事国が特別請求権裁判所への付託又は他の合意された方法で解決されない条約の解釈又は実施に関する紛争が生じたと認めるときは、紛争は、いずれかの紛争当事国の要請により、国際司法裁判所に決定のため付託しなければならない。日本国及びまだ国際司法裁判所規程の当事国でない連合国は、それぞれがこの条約を批准する時に、且つ、千九百四十六年十月十五日の国際連合安全保障理事会の決議に従つて、この条に掲げた性質をもつすべての紛争に関して一般的に同裁判所の管轄権を特別の合意なしに受諾する一般的宣言書を同裁判所書記に寄託するものとする。」

     

    第二十五条「・・・各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。第二十一条の規定を留保して、この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対しても、いかなる権利、権原又は利益も与えるものではない。また、日本国のいかなる権利、権原又は利益も、この条約のいかなる規定によつても前記のとおり定義された連合国の一国でない国のために減損され、又は害されるものとみなしてはならない。」

     

     

    36-3、講和条約における集団的自衛権の承認

    侵略国を裁く東京裁判は、アメリカ本国の指示とマッカーサーの復讐心により、ポツダム降伏条件に違反して強行された。また、侵略国日本が、二度と対米戦争が行えないように憲法9条を強制したアメリカだったが、最前線で共産主義と対峙する事になったマッカーサーは日本を理解するに従い、東条が主張した「日本が共産主義の防波堤だった。」という事実を認めざるを得なくなった。またアメリカ自身も、日本がシベリヤ出兵以来、共産主義との最前線で戦ってきた事に思い至り侵略国扱いが中止され、枢軸国の中でただ一国、講和会議参加を要請され、従来の戦争終結形式の講和条約が締結された。

    このアメリカの反省は、講和条約第五条(c)「連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。」に見られる。これは、日本に対して個別的又は集団的自衛権を承認し、集団的安全保障条約の締結を承認した上に、講和条約署名と同時に日米安全保障条約を締結している事から、国連加盟国と同等の権利を認めたもので、憲法9条の交戦権放棄を空文化させるものである。

    日本の権利を否定する時に度々持ち出される講和条約だが、集団的自衛権を否定する憲法学者達は、日本の自衛権を承認するこの講和条約条文を知らないのだろうか。

    講和条約並びに日米安保成立時点で、集団的自衛権不保持の政府解釈ではなく憲法改正がなされなければならなかった。

     

     

    36-4、日本の核復仇権

    ? 日本の一部に核保有論があるが、アメリカにも、日本の核保有容認論がある。しかし、アメリカが日本の核保有を許すことは無い。

     

    国連憲章第53条と第107条において、旧敵国に対する国連安保理事会による戦争制限の適用を除外し、敵国の侵略政策の再現に備える地域的取極について、国連が敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とされている。また、大戦後の停戦・降伏・軍事裁判・占領・委任統治・固有領土分割・抑留強制労働などの戦後措置を容認している。但し、旧敵国の日本については、国連憲章制定後にポツダム宣言が提示され侵略国定義は撤回されており、不法な侵略国家では無く対等の交戦国と見做された日本に対する侵略政策再現や新たな侵略防止という敵国条項の適用には疑義がある。また、戦後措置に関しては、保障占領終了、委任統治や領土分割の返還、抑留労働については謝罪対象となるなど、永続的・絶対的なものではなかった。

    但し、日本政府は、日本を敵国条項の対象国と認めており、戦中に憲章署名国だったいずれかの国が、日本に対して侵略政策の再現と判断して行なう戦争惹起については、容認していることになる。

    この場合の他国からの先制攻撃に対して、「日本は侵略国だった」という固定観念のある日本が対応することは難しい。このような侵略を抑止するには、まず反日バイアスを排除した上で、戦時復仇を理解しておく必要がある。

    戦時復仇とは、相手国の国際違法行為に対して,外交交渉その他の平和的手段で救済を求めても解決が得られない場合に認められる自力救済行為。すなわち,相手国の違法行為の中止や,その救済を求めるために必要かつ相当な限度で,被害国は本来ならば国際法に違反する手段を用いることが許されるというものである。(5巻小項目・復仇・P662)

     

    現在のアメリカ世論には、「侵略戦争を始めた日本が降伏を拒否したので、核兵器使用以外の降伏受諾要求手段が無かった。」「核兵器使用により日本の残虐行為を制止するのは、適正な防衛手段だった。」「米兵だけでなく日本人の生命をも救う攻撃だった。」などの正当化論がある。70万人以上の死傷者を出したと言われる原爆や空襲は、明らかな人道犯罪であったが、本稿で述べている通り、日本人自身が「侵略国だった日本は、国家無条件降伏した。」と思い込んでいる限り、アメリカが人道犯罪を反省することはない。

    敵国条項対象国である日本は、アメリカや他の核兵器保有国から3発目の核攻撃を抑止するために、核兵器使用による復仇権がある事を理解しておく必要がある。国際法上、2発以上の合法的核攻撃権があり、核反撃されない権利を有する国は日本だけである。また復仇の対象は、東京裁判において審理された共同謀議を先例にすれば、日本を核攻撃したアメリカに限定する必要は無く、日本に対する核攻撃放棄を保障しない全ての国に対して、核復仇権行使を宣言することが可能である。

    この復仇権行使宣言は、日本が核保有していないが故に可能な核恫喝であり、国連憲章の敵国条項廃棄に有効な手段となる。

     

    日本による侵略政策の再現と見做される可能性が高いのは、領土問題である。竹島について、韓国・北朝鮮は、大戦中の署名国の敵国・日本という条件外なので、敵国条項による戦争制限の除外はない。また、尖閣については中共も条件外であるが、領海侵犯を続けて日本を挑発しているのは、日本の憲法を知る中共が日本に紛争地帯である事を認めさせ、武力行使を放棄させるためである。それでも、日米安保が有る限り、中共にとって尖閣侵略に絶対の自信があるわけではない。危険になるのは、中共が台湾を支配下に収めた時である。戦中に署名国だった中華民国には、敵国条項を行使する権利があるため、中共は自国都合で憲章の敵国条項を利用し、尖閣だけでなく本土まで侵略する場合も、これに対する抑止力が日本にはない。北方領土については、尖閣ほどの危険性は低いが、ソ連による不可侵条約破棄による満州進攻が、明白な侵略戦争だったことを主張しておく必要がある。

     

    日本が復仇権行使を宣言して、大戦中の本土空襲並びに艦砲射撃を原爆以上の人道犯罪とし、アメリカによる経済封鎖を「戦争惹起の侵略行為だった。」と非難し、核兵器による復仇を行う旨宣言しておけば、建前上、アメリカには対抗手段が無い。

     

    このように危険な日本の核保有を、アメリカが認められる筈が無く、その難易度はアメリカ憲法に「対日戦争放棄条項」定めるほどに、非常識且つ有り得ないことである。

     

     

     

    36-5、原爆開発していても、日本は先制使用しなかった。

    アメリカは、真珠湾攻撃の報復として、1942/4/18にB25・16機のドゥリットル爆撃隊による日本本土空襲を行なった。爆撃後に中国基地へ退避中に不時着した2機の搭乗員のうち8名が日本軍の捕虜になった。

    日本軍の真珠湾攻撃は軍事目標であったため、民間人の死傷は少なかったが、米軍はドゥリトル空襲においては精密爆撃の意思がなく、民家261棟が焼失し1200余世帯が焼け出され、民間人約500名が死傷した。この無差別爆撃によって戦犯起訴された8名の捕虜には、全員死刑判決が下された。

    この死刑執行に反対していた東条は、天皇陛下の恩赦を得て、銃殺を無差別爆撃を実行した機長2名と国民学校を銃撃した銃手1名に留めた。

    東条の反対理由は、アメリカで抑留されている日系人に対する報復を憂慮したためである。

    従って、日系人が抑留されている限り、日本が原爆を保有していてもアメリカ民間人に投下することは無かったと言えよう。

    然るに日本では、「日本が先に核兵器開発していれば、必ず先制使用していた。」と主張する方が多い。しかしこれは、史実に反する。

     

    核保有については、使用よりもアメリカによる国家無条件降伏要求の撤回が限度であったろう。

     

     

    36-6、オバマの広島訪問に対応する日本元首の慰霊訪問先はオレゴン州ブライ

    オバマ大統領の広島訪問に対する返礼として、安倍総理は真珠湾を慰霊訪問した。アメリカからも一定の評価を得た慰霊について否定するのでは無いが、原爆被災地への慰霊に対する返礼の建前として相応しいのは、風船爆弾被災地である。

    民間人に対する故意爆撃であった原爆投下と、未必の故意状態の風船爆弾の被害は比較にならないが、風船爆弾の結果としては、ピクニック中の民間人6名の爆死の無差別殺人である。

    従って、原爆被災地慰霊に対する返礼訪問として相応しいのは、風船爆弾攻撃被災地のオレゴン州ブライである。

     

    真珠湾慰霊の返礼があるとしたら、真珠湾攻撃の報復として行なわれたドゥリトル空襲の被災地、中でも国民学校の生徒を追い回して銃殺した東京葛飾区への慰霊訪問だろう。

     

     

    36-7、1974年の国連総会決議3314侵略定義は、侵略を定義していない。

    日本では、1974年の国連総会決議3314を「侵略定義」と考えられている。しかし、この決議は、戦争惹起行為、所謂先制攻撃の定義であって、侵略行為を定義したものではない。

    この侵略定義第2条では、国家による他国への最初の武力行使を、侵略行為の一応の証拠としている。しかし、先ずこの国家定義では、例えば国家ではないイスラム国関連の武力行使は、侵略行為の対象にならないことになる。非加盟国を含めている憲章にこのような矛盾はないのに、侵略決議のみ国家限定にした理由が不明である。また、決議第5条で「いかなる性質の事由も侵略を正当化するものではない。」としているが、これでは、自衛目的の先制攻撃をも一応侵略と定め「正当化できない」としている事になる。しかし、戦争惹起を不法な侵略とする国際法慣習は存在しなかった。これは、1928年不戦条約における「自衛目的の先制攻撃容認」の留保に反し、「不戦条約に違反した国に対する戦争を容認する」不戦条約前文に整合しない。(小項目2巻・ケロッグ・ブリアン条約・P661)

    また、国連憲章は、武力行使を非としていても自衛権行使を否定しておらず、自衛権行使による戦争惹起を侵略の一応の証拠とすることは、決議第6条の、定義中のいかなる規定も「憲章の範囲を拡大・縮小するものと解してはならない。」とする規定に抵触している。

    このように侵略が定義されていない侵略定義では、仮に自衛先制攻撃が「侵略の一応の証拠」とされてはいても、安全保障理事会において侵略と認定する事は難しい。

    この国連侵略定義によって「侵略行為が明確に定義された。」と主張する人々は、現在の国際社会において敵基地先制攻撃の正当性が当然のように語られている現実を説明できない。

     

    本項で述べる国連総会の侵略定義は、単なる戦争惹起を侵略行為として裁いた東京裁判判決時の侵略定義と同一である。

    戦争惹起は国際法上の不法行為ではないという国際法慣習があり、自衛先制攻撃を容認する不戦条約は失効しておらず、敵基地先制攻撃の正当性が認められている国際社会において、国連が戦争惹起を侵略戦争と定義したのは、東京裁判の正当性を維持する目的ではないのだろうか。

     

    東京裁判判決に関連して、決議第7条の自決権規定については、親日国が故意に挿入したものか、日本がアジア侵略を認めているから安易に挿入したのかは不明だが、同条は「その権利を強制的に奪われている人民の、特に植民地体制、人種差別体制その他の形態の外国支配化の下にある人民の、憲章から導かれる自決、自由及び独立の権利を、また国際連合諸原則及び上記の宣言に従いその目的のために闘争し、支援を求め、かつ、これを受け入れるこれらの人民の権利をいかなる意味においても害するものとするものではない。」と定められている。

    この7条に関して、日本に支援を求め且つ支援を受けいれた満州民族や、アジア領域の彼植民地支配民族の自決権を肯定しながら、これを支援した日本による戦争惹起を侵略有罪と認定した東京裁判判決との間には、明らかな矛盾がある。

     

     

    <参考>

    侵略に関する定義 「国連総会決議3314」

    第1条(侵略の定義)

    侵略とは、国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使であって、この定義に述べられているものをいう。

     

    第2条(武力の最初の使用)

    国家による国際連合憲章に違反する武力の最初の使用は、侵略行為の一応の証拠を構成する。ただし、安全保障理事会は、国際連合憲章に従い、侵略行為が行われたとの決定が他の関連状況(当該行為又はその結果が十分な重大性を有するものではないという事実を含む。)に照らして正当に評価されないとの結論を下すことができる。

     

    第3条(侵略行為)

    次に掲げる行為は、いずれも宣戦布告の有無に関わりなく、2条の規定に従うことを条件として、侵略行為とされる。

    (a) 一国の軍隊による他国の領域に対する侵略若しくは、攻撃、一時的なものであってもかかる侵入若しくは攻撃の結果もたらせられる軍事占領、又は武力の行使による他国の全部若しくは一部の併合

    (b) 一国の軍隊による他国の領域に対する砲爆撃、又は国に一国による他国の領域に対する兵器の使用

    (c) 一国の軍隊による他国の港又は沿岸の封鎖

    (d) 一国の軍隊による他国の陸軍、海軍若しくは空軍又は船隊若しくは航空隊に関する攻撃

    (e) 受入国との合意にもとづきその国の領域内にある軍隊の当該合意において定められている条件に反する使用、又は、当該合意の終了後のかかる領域内における当該軍隊の駐留の継続

    (f) 他国の使用に供した領域を、当該他国が第三国に対する侵略行為を行うために使用することを許容する国家の行為

    (g) 上記の諸行為い相当する重大性を有する武力行為を他国に対して実行する武装した集団、団体、不正規兵又は傭兵の国家による若しくは国家のための派遣、又はかかる行為に対する国家の実質的関与

     

    第4条(前条以外の行為)

    前条に列挙された行為は網羅的なものではなく、安全保障理事会は、その他の行為が憲章の規定の下で侵略を構成すると決定することができる。

     

    第5条(侵略の国際責任)

    政治的、経済的、軍事的又はその他のいかなる性質の事由も侵略を正当化するものではない。

    侵略戦争は、国際の平和に対する犯罪である。侵略は、国際責任を生じさせる。

    侵略の結果もたらせられるいかなる領域の取得又は特殊権益も合法的なものではなく、また合法的なものととし承認されてはならない。

     

    第6条(憲章との関係)

    この定義中のいかなる規定も、特に武力の行使が合法的である場合に関する規定を含めて、憲章の範囲をいかなる意味においても拡大し、又は縮小するものと解してはならない。

     

    第7条(自決権)

    この定義中のいかなる規定も、特に、第3条は、「国際連合憲章に従った諸国家間の友好関係と協力に関する国際法の諸原則についての宣言」に言及されている。その権利を強制的に奪われている人民の、特に植民地体制、人種差別体制その他の形態の外国支配化の下にある人民の、憲章から導かれる自決、自由及び独立の権利を、また国際連合諸原則及び上記の宣言に従いその目的のために闘争し、支援を求め、かつ、これを受け入れるこれらの人民の権利をいかなる意味においても害するものとするものではない。

     

    第8条(想定の解釈)

    上記の諸規定は、その解釈及び適用上、相互に関連するものであり、各規定は、他の規定との関連において解されなければならない。

     

     

    36-8、2010年国際刑事裁判所(ICC)「規程」に関する再検討会議においても、侵略は定義されていない。

    2010年国際刑事裁判所(ICC)「規程」に関する再検討会議において、侵略の罪は更に明確に定義されたという主張がある。

    しかし、IこのCCの侵略定義も国連総会決議と同様、戦争惹起を侵略としているため国際法慣習に反する定義に過ぎない。

     

    ICC定義の留意点は、侵略という国家行為について個人責任の追及を容認している点である。

    東京裁判で清瀬一郎弁護士が指摘している通り、当時、戦争という国家行為について個人の責任を追及するという国際法慣習は無かった。

    偶々戦争期に一定期間、政治的・軍事的に戦争を管理・指示する地位にあったとしても、戦争全般に責任を有する個人独裁の特殊な国家ではない限り、戦争の管理・指示に関する個人責任は一定期間内に限定される。その結果東京裁判は、戦争全般の責任を追及するために、共同謀議罪を広範囲に適用して複数の共同謀議者を、個人の関与程度を明らかにしないまま起訴して有罪処刑した。その東京裁判の正当性が検討された形跡は無い。

     

    戦争という国家行為については、戦後は賠償問題に移行するべきものを、報復感情で個人責任を追及しようとした東京裁判においては、不当判決が多かった。例えば、政治的に戦争を管理・指示したとして、侵略と共同謀議で起訴された広田弘毅の死刑訴因は、南京虐殺事件の不作為責任であった。軍事的管理・指示責任が無かった文官の広田を死刑に処したのは、明らかな誤りであった。

     

     

    <参考>

    1. この規程の適用上、「侵略犯罪」とは、国の政治的または軍事的行動を、実質的に管理を行うかまたは指示する地位にある者による、その性質、重大性および規模により、国際連合憲章の明白な違反を構成する侵略の行為の計画、準備、着手または実行をいう。

    ?2. 第1項の適用上、「侵略の行為」とは、他国の主権、領土保全または政治的独立に対する一国による武力の行使、または国際連合憲章と両立しない他のいかなる方法によるものをいう。以下のいかなる行為も、宣戦布告に関わりなく、1974年12月14日の国際連合総会決議3314(XXIX)に一致して、侵略の行為とみなすものとする。?

    a. 一国の軍隊による他国領域への侵入または攻撃、若しくは一時的なものであってもかかる侵入または攻撃の結果として生じる軍事占領、または武力の行使による他国領域の全部若しくは一部の併合

    b. 一国の軍隊による他国領域への砲爆撃または国による他国領域への武器の使用

    c. 一国の軍隊による他国の港または沿岸の封鎖?

    d. 一国の軍隊による他国の陸軍、海軍または空軍若しくは海兵隊または航空隊への攻撃?

    e. 受け入れ国との合意で他国の領域内にある一国の軍隊の、当該合意に規定されている条件に反した使用、または当該合意の終了後のかかる領域における当該軍隊の駐留の延長?

    f. 他国の裁量の下におかれた領域を、その他国が第三国への侵略行為の準備のために使用することを許す国の行為?

    g. 他国に対する上記載行為に相当する重大な武力行為を実行する武装した集団、団体、不正規兵または傭兵の国による若しくは国のための派遣、またはその点に関する国の実質的関与

     

    東京裁判に関連する日本人には理解されない事実1/32/3

    【2018.03.19 Monday 23:37】 author :
    | 反日バイアスに嵌まった日本人には理解出来ない真実の歴史 | comments(0) | - | - | - |
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      【2018.03.19 Monday 23:37】 author : スポンサードリンク
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