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3627:戦争は、中国の日本侵略戦争から始まった。
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    村山談話が、講和条約違反の違憲談話だと気が付いた頃、ブリタニカをパラパラしていて愕然とした事があります。 それは、枢軸国の中で、講和条約によって戦争終結したのは日本だけだったという事実です。
    アメリカは、カサブランカで枢軸国に国家無条件降伏を要求し、侵略枢軸国には旧来方式の、講和会議よって戦争終結する権利を認めませんでした、
    元々、国家無条件降伏要求については、「不要に敵国を追い詰めて、戦争被害を増大させる。」という批判がありましたが、鬼畜米国wは強硬姿勢を譲りませんでした。
    カイロ宣言で国家無条件降伏を要求されていた日本は、各地の玉砕や特攻によって、アメリカに国家無条件降伏要求撤回を期待するしか有りませんでした。
    グアム・サイパンなどの南方島嶼の民間人と共に、当時の沖縄県民の抗戦が、アメリカに本土上陸を躊躇わせ、その結果ポツダム降伏条件提示に到ったのです。
    「ポツダム条件は非常に強硬だから、無条件降伏と同じ。」という意見がありますが、侵略枢軸国に無条件降伏を要求していたアメリカが、日本だけに条件提示して侵略国定義を撤回するのですから、文面は強硬になるものです。
    「降伏後騙し討ちしてやれば良い。」など卑劣無い主張もありましたが、アメリカ全体の意思統一は出来ておらず、国家無条件降伏したドイツに対しては、米英仏ソのロンドン協定に基づきニュルンベルグ裁判条例が定められましたが、侵略匡定義を免れた日本に対し、ポツダム条件違反の侵略国を裁く東京裁判が、GHQの一般命令において強行されてしまいました。
    しかし、アメリカには「日本を叩きすぎた」という反省も有り、日本だけが、従来の双方自衛主張戦争の終結方式であった講和会議を経て、講和条約を締結しています。

     国家無条件降伏した侵略国ドイツは、連合国の戦争終結宣言形式で、他の枢軸国はドイツに宣戦布告して国家無条件降伏を免れようとしましたが、アメリカはこれを認めず、これらの侵略国との講和条約に代わるパリ条約は、枢軸国の批准は拒否しないが連合国の批准で成立する変則戦争終決形式でした。・・・これは、ブリタニカに掲載されている国際的一般常識です。

     東京裁判起訴前には、枢軸国の戦争全てを侵略行為として裁くという従来方針から、カナダ・ニュージーランド・オーストラリア・タイ侵略も起訴されましたが、開廷後に日本に対する侵略国定義が撤回され、これら4カ国に対する侵略は審議されませんでした。
    また中国についても、開廷前には侵略無罪の証拠があっても有罪にするつもりで起訴したのですが、開廷後の方針変更で結局日本の侵略は無罪にするしか有りませんでした。上海事変は、中国の上海非武装協定違反により開戦しているので、明らかに「中国による日本侵略戦争だった。」と東京裁判が判決している事になります。

     この上海事変は、ドイツと中国により通州事件を大規模にした日本人虐殺事件を仕掛けてきたため、日本は自衛戦争するしか無かったので、侵略で起訴された最高指揮官の松井大将は、東京裁判で侵略無罪になりました。

     対日侵略の上海事変直後に、ルーズベルトは侵略国隔離宣言を公表し、独・中匡による日本侵略を日本批判にすり替え、侵略国中国を軍事・経済支援し日本を戦争に引きずり込んだのです。

    【2017.05.10 Wednesday 14:11】 author :
    | 反日バイアスに嵌まった日本人には理解出来ない真実の歴史 | comments(0) | - | - | - |
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      【2017.10.27 Friday 14:11】 author : スポンサードリンク
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