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36:リカバリー2009/11/06:日本が無条件降伏していなかった意味
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     1915/05/25・対華21ヶ条に対する米の不承認・ブライアン国務長官ノートは、単純に米国益優先主張だが、1932/01/07の満洲不承認・スティムソン国務長官ドクトリンから、米国は南北戦争以来のヤンキー流「自由と民主主義のための正義」を振り回し始める。

     英修道さんは「時によっては主義の擁護者たる栄誉を求めんとし、また時によっては実質的利益に均霑(きんてん)を獲んとするのが真相なるに拘わらず、米国の対満活動の進退のほとんどが門戸開放・機会均等と云う美しき標識に結びつけられて説明され、しかも多くの場合、第三者にあたかも自国が被害者かの如き立場を感ぜしめるのは畢竟米国の対満外交が擬装に巧妙なるためである」と指摘しているが・・・

     スティムソンドクトリンは、「主義の擁護者たる栄誉を求め」て、「侵略国に強制された講和は無効」とチナを擁護する。
     しかし、チナによる9カ国条約違反・日本利権侵害を無視してチナの違法行為を支持するホンネは、以夷制夷のチナから利権を得るためであり、そこに真の正義は無い。
     第三国の米が、二国間条約の一方の当事国を侵略国と決め付けて、国際条約の否定・無効化を主張したことになるが、実態は米国益最優先だから、侵略国レッテルが正しく貼られるとは限らない。
     しかしこのレッテル貼りにより、国際法上の犯罪者と看做す侵略国には、講和における対等の当事国たる資格が無く、相互利益のための講和だが侵略国に利益は不要、防衛国は侵略国に無条件降伏を要求し、一方的講和を強制する権利がある・・・とまで主張する。
     これは、第一次大戦後の対独ヴェルサイユ条約当時、フランスが被害感情と恐怖で強硬に主張した結果、日米英伊の4大国が引き摺られて前例のない独の講和条約交渉参加否認を行った例に似ているが、無条件降伏要求・宣言に関しては、南北戦争時の1862/02/13テネシー州フォート・ドネルソンの南軍バックナー将軍に対するグラント将軍の無条件降伏要求以来の、ヤンキーオリジナルである。

      そしてこのスティムソンドクトリンは、ハル国務長官ノートに引き継がれ、1943/01/14カサブランカ会議「英米両国は、日本とドイツの無条件降伏を達成するまで戦争を容赦なく継続する」声明、1943/12/01カイロ「日本国ノ無条件降伏ヲ齎スニ必要ナル重大且長期ノ行動ヲ続行スヘシ」声明に繋がる。
     しかし、無条件降伏要求の実行は、実質的に防衛国を主張する側に、通例戦争犯罪免責を与える事に他ならず、「助命するなとの命令を出す」行為に等しい効果をも生む事になる(詳細別稿)。

     いい加減まとめないと、話題がアチコチ増えちゃうねぇ。

     従来、戦争の終結は、講和条約の成立であった。
     ところが第2次大戦では、侵略国家レッテルの枢軸国側に対し無条件降伏を強要し、その結果として対等の講和条約により戦争終結するのではなく、連合国側の一方的講和宣言で戦争終結するヤンキー方式が採用される事となった。
     そこで、イタリヤ・フィンランド・ハンガリー・ブルガリア・ルーマニアに対する講和は、枢軸国側の批准が否定されていたわけではないが、米英ソ仏の批准で講和が成立する新方式となった。
     また、西ドイツに対しても、西側連合国による戦争終了宣言で、1951講和が成立した。
     東ドイツについては、当時すでにソ連は始末に負えない存在になっており、またソ連が従来方式の講和成立を主張していた事もあり、東西一括は不可能となり、東ドイツはソ連支配下の単独講和のような訳のわからない方式となった。
     一方、日本との講和は従来方式の平和条約となっている。
     これは、無条件降伏した枢軸同盟国と異なり、日本はポツダム宣言条件を受諾して、有条件降伏したからである。
     日本に対する無条件降伏強要の放棄について、以下の解説が一般的のようだ。
     「スティムソンは1945年の春、・・・ドイツの無条件降伏に伴う悲惨な分割占領の状況を見聞するに及び、ジョセフ・グルー国務長官代理の発議による日本の無条件降伏の実質的な緩和を強く支持した。」
     しかしちょっと待〜てよ。
     無条件降伏と分割占領は、全く関係が無い。
     朝鮮を見てごらん。
     無条件降伏など無縁の地域でもソ連が占領すれば、分割されてしまうだけの事。
     米が同盟国のソ連に気を許して、ドイツを分割占領してみたら、虐殺暴行略奪強姦の上に、西側利権にまで強欲さを示す強盗国家である事に、傲慢バカのヤンキー・スティムソンでもサスガに気付いたから、日本に対しては米の単独占領方針に徹底しただけじゃないか。
     グルー主張の「日本の無条件降伏の実質的な緩和」というのは、日本に対する温情ではなく、結果米国都合による無条件降伏要求の放棄なのであり、それがポツダム宣言提示なのである。

     米国が、侵略国レッテル貼りの無条件降伏を放棄したのは、重要な意味がある。
     「ドイツを見習え」論者の主張に、独軍は敗戦を悟れば人命を優先して潔く降伏したが、日本軍は民間人まで巻き込んで無駄な抵抗を続け多くの犠牲者を出した…というものがある。
     しかし、ドイツは、地方軍が個別に無条件降伏し、結局ドイツ国が無条件降伏して、ヤンキー方式の侵略国家定義を適用された。
     一方、日本は軍民共に降伏を忌避し、絶望的状況の中で戦い斃れていった。
     この状況が米軍の本土上陸を躊躇わせ、宣言条件提示となり、侵略国に対する無条件降伏適用が無かったのである。
     戦後、GHQの洗脳プログラムにより、日本人まで日本を「無条件降伏した侵略国家」と思い込んでいるわけだが、「絶望的状況の中で戦い斃れていった」方達を無駄・無意味にしてしまっているのは、日本人なんだよね。
     対日サンフランシスコ講和条約は、ヤンキー・スティムソン方式の侵略国家懲罰戦争終了一方的宣言ではなく、旧来の平和条約方式だった意味を考えてみたら・・・
    【2011.06.03 Friday 15:27】 author :
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      【2018.06.18 Monday 15:27】 author : スポンサードリンク
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