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306:オランダ管轄:バタビア裁判#69/スマラン強制売淫事件
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    戦犯裁判オランダ管轄バタビア裁判
     

    :第69号法廷/スマラン強制売淫事件

     

    起訴理由概要1:池田省一、岡田慶治、河村千代松、村上類蔵、中島四郎、石田英一はジャワ島スマラン所在の南方軍南部候補生教習隊将校にして、斉寅三助は、スマラン第一婦女抑留所に勤務し、三橋弘は、ジャワ軍政監部司政官にして、古谷巌、下田真治、森本雪雄、蔦木健治郎は、ジャワ軍政監部嘱託にして、慰安所経営者であるが、池田省一、岡田慶治、河村千代松、石田英一等は、昭和十九年三月より同年四月までの間、スマラン所在の「オースト」「ケンダンガン」「ハルマハラ」及び「アンパラワ」所在の第四・第六等の各婦女抑留所に抑留中の婦女約二五名を売淫せしめる目的をもってスマラン所在の将校倶楽部、スマラン倶楽部、日の丸、双葉荘等の各慰安所に連行、宿泊せしめて日本軍人軍属を相手に強制的に売淫せしめ、村上類蔵、中島四郎は同隊軍医として将校倶楽部に於て売淫せしめていた婦女に対し必要なる医療及び薬品を給與せず不健康なる衛生状態のまま放置して虐待し、三橋弘は、昭和十九年二月二十九日頃、前記将校倶楽部に於て、T・A・スヘルネを暴力をもって性交し、池田省一は、同年三月頃、前記スマラン倶楽部に於て、E・リュクゼンブルクに対し、腕力を振って性交し、古谷巌、下田真治、森本雪雄、蔦木健治郎は前記期間中、日本軍当局の指示により、スマランに於て、将校倶楽部、スマラン倶楽部、日の丸、双葉荘等それぞれ慰安所を経営して日本軍が各抑留所より連行して来た婦女各七名乃至十一名宿泊せしめて同女等に対し、強制的に日本人を相手として売淫せしめ、以て彼等に深刻なる身心の苦痛を與えた。


    起訴理由概要2:昭和19年3月スマラン駐屯地司令部司令官能崎清次は、軍司令部と暗黙の了解の下にスマラン抑留所に収容せられている約100名の和蘭婦人を解放しこれを市中4カ所に分配して慰安所を開設した。
    開設には、主として岡田少佐が之に任じた。
    上司の警告によって、1乃至2ヶ月後にこれを閉鎖した。

     

    求刑日=起訴日
    南方軍幹部候補生教習隊附・池田省一大佐・広島:48/3/30求刑死刑>48/09/11判決15年・公判分離処理:弁護萩原
    ・岡田慶治少佐・広島:48/2/14求刑死刑>1948/03/24判決死刑>48/11/29銃殺
    ・隊附・中島四郎軍医大尉・佐賀:20年>16年
    ・副官(ジャワ中部防衛隊)・河村千代松少佐・愛知:10年>10年
    ・隊附・村上類蔵軍医少佐・福岡:10年>7年
    ・隊附(スマラン独混第27大隊)・石田英一大尉・茨城:2年>2年
    スマラン慰安所・古谷巌嘱託・東京:死刑>20年
    ・下田真治嘱託・和歌山:5年>10年
    ・森本雪雄嘱託・三重:20年>15年
    ・蔦木健治郎嘱託・山梨:7年>5年(公報7年)
    ジャワ軍政監部・三橋弘司政官・大阪:5年>無罪
    スマラン第一婦女抑留所・斉寅三助曹長:無罪>無罪



     日本軍による強制売淫、所謂強制慰安婦事件の象徴とされている事件である。

     朝鮮人慰安婦問題では、特亜系日本人の虚偽・捏造がバレ、狭義・広義の強制性なんて〜ワケワカラン誤魔化しに移行している時も、本件などの強制売淫事件は、日本軍の戦争犯罪として、一部を除き批判される事は無かった。

     しかし、被害を語る元オランダ人慰安婦・オハーンらは、朝鮮人慰安婦と共に欧米各国を巡って、現在も慰安婦ネタで稼いでいるw。 オランダ人慰安婦が真の強制売淫被害者であれば、朝鮮人慰安婦の実態を調べるであろうし、その結果、強制状況が全く異なるのであるから共闘出来る筈が無い・・・ユスリタカリ目的じゃないならね。


     本来、確定している戦犯判決についてトヤカクゆ〜のは控えるべきだ。 しかし、拷問に次ぐ拷問の後にリンチ裁判を行ない、死刑を含む多数の重刑者に報復したのがオランダであり、戦後オランダに対する準賠償も個人賠償も終了している。
     謂わば刑事責任・民事責任問題は解決しているというのに、それでもオハーンは、本件ネタを世界に喧伝し、女性基金事業で行われた首相の公式謝罪を認めずに、政府の謝罪・・・日本人の永遠の土下座を求めている。
     オランダの場合、戦犯裁判で事実認定が行なわれているので、逸脱しない限りはオランダ側の一定の認識は許されるとしても、朝鮮人慰安婦問題は、捜査の上不起訴になっている事は明らかなので、強制売淫被害を訴える事はできない。

     オランダの慰安婦問題は、条約に基づき全面解決しているので、オハーンのようにいつまでもユスリタカリを図る事は不法である。

     オランダ人旅行者が日本で犯罪を犯し、刑事/民事責任が解決している場合、更にオランダ政府に謝罪賠償を求めるのは非常識である。

     日本人の多くは、オランダ人強制売淫事件が事実だったと思い込んでいるが、結論から言えば、ただの冤罪である。本事件について検証し、特亜系オランダ人w・オハーンに対応するべき時が、キターッ!・・・だよww。



     オランダは、スマラン強制売淫事件戦犯裁判記録全てを公表しているワケじゃない。
     自国に都合のよい部分の要約を小出しにして、被害者然としているわけだが、裁判関係記録公表を拒んでいる事自体が、相当後ろめたいと考えれば隠された部分を「読める」。



    南方軍幹部候補生教習隊附・池田省一大佐・広島:48/3/30求刑死刑>48/09/11判決15年・公判分離処理:弁護萩原
    ・岡田慶治少佐・広島:48/2/14求刑死刑>1948/03/24判決死刑>48/11/29銃殺
    ・隊附・中島四郎軍医大尉・佐賀:20年>16年
    ・副官(ジャワ中部防衛隊)・河村千代松少佐・愛知:10年>10年
    ・隊附・村上類蔵軍医少佐・福岡:10年>7年
    ・隊附(スマラン独混第27大隊)・石田英一大尉・茨城:2年>2年
    スマラン慰安所・古谷巌嘱託・東京:死刑>20年
    ・下田真治嘱託・和歌山:5年>10年
    ・森本雪雄嘱託・三重:20年>15年
    ・蔦木健治郎嘱託・山梨:7年>5年(公報7年)
    ジャワ軍政監部・三橋弘司政官・大阪:5年>無罪
    スマラン第一婦女抑留所・斉寅三助曹長:無罪>無罪


    戦犯裁判

    ・州庁関係
    スマラン州庁・三橋弘 陸軍司政官 求刑5年 無罪

    ・幹部候補生隊関係
    関連第109号法廷/能崎清次 中将 
    強制売淫罪・強姦罪・抑留者不当処遇罪
     求刑死刑 懲役12年 1949/2/18判決

    池田省三大佐 兵站将校? 
    強制売淫目的誘拐罪・強制売淫罪・強姦罪
    (公用帰国中で、慰安所開設は無関係 精神異常で一時判決留保)
     求刑死刑 懲役15年

    村上類蔵 軍医少佐 抑留者不当処遇罪
     
    求刑懲役10年 判決懲役7年

    中島四郎 軍医大尉 
    強姦罪・抑留者不当処遇罪
    (将校倶楽部慰安婦の検梅担当 後日梅毒発症者がいた為)
     
    求刑懲役20年 判決懲役16年

    石田英一 大尉 
    抑留者不当処遇罪
     求刑懲役2年 判決懲役2年

    ・兵站担当者と副官
    岡田慶冶少佐 兵站将校代理 
    強制売淫目的誘拐罪・強制売淫罪・強姦罪
    (移送命令・家族危害の脅迫)
     求刑死刑 判決死刑
      
    河村千代松 少佐 
    強制売淫目的誘拐罪・強制売淫罪
     求刑懲役10年 判決懲役10年

    大久保朝雄 大佐 兵站責任者 1947/1出頭命令を拒否し自決

    ・慰安所経営者

    スマラン倶楽部 古谷巌 軍属 元曹長 強制売淫罪 拒否に対し暴行
     求刑死刑 判決懲役20年

    日の丸倶楽部 森本雪雄 軍属 強制売淫罪
     求刑懲役20年 判決懲役15年

    青雲荘・双葉荘 下田真治 軍属 強制売淫罪
     求刑懲役5年 判決懲役10年

    将校倶楽部 蔦木健次郎 軍属 元曹長 強制売淫罪 兵士用慰安所に移すと脅した
     求刑懲役5年 判決懲役7年

    関連第5法廷:桜倶楽部(在ジャカルタ・旧バタビヤ) 青地鷲雄 民間人 求刑15年
    (バタビヤ市長(軍政監部)と軍の要請で慰安所開設、経営は蘭人の妻が担当し強制売淫関与無し)
      強制売淫罪 判決禁固10年 46/10/25 同12月獄死・・・自決を主張する者アリ




     先ず留意すべきは、敗戦時のスマラン州庁・三橋州長が起訴され、無罪になっている点である。

     蘭印の軍政は、人口密のジャワ・スマトラは陸軍、ボルネオ・セレベス以東は海軍が担当した。
     陸軍は独立支援、海軍は独立弾圧と方針は異なるが、共通する行政は州庁が担当し、売春など風俗業もオランダ植民地の慣行そのままに管轄していた。
     
     日本軍占領当初の今村軍政は、当のオランダを含め国際的評価が高く、オランダ人の抑留も行われていなかったので、市中にはオランダや欧州各国民間人・日本人・華僑やインドネシア人などの風俗業は、そのまま営業を続けていた。
     しかし、1942/4、約2000名のオランダ人官吏を拘禁し、以後戦況の逼迫につれ約11万人のオランダ民間人(うち女性8万人)を11か所に抑留し、自治生活をさせた。
     当然ながら、オランダ人娼婦は勿論、業者も女衒も抑留されて市中からいなくなった為、売春婦・慰安所・業者の補充が必要であった。
     
     首謀者扱いで刑死した岡田少佐の獄中「青壮日記」には、抑留者を徴募して慰安所を開設する州庁案を熊崎中将が知り、当時の宮野スラマン州長官の了解を得て、第16軍司令部に慰安所開設の許可を受けた旨の記載がある。

     
    本事件の場合は、16軍司令部との具体的交渉は幹候隊の兵站・池田大佐が行い、司令部の兵站将校・大久保大佐と「本人自主志願と同意書署名の条件」等を定め、兵站代理の岡田少佐が実施を担当したという事であろう。

     岡田少佐の記述「抑留者を徴募して慰安所を開設するのは州庁の発案」が事実であろうと考えるのは、スマランより前に行われたムンティラン抑留所の徴募時には、憲兵、日本人業者と共に、マゲラン州長が出向いており、スマラン州支庁だけの単独案では無かったからである。
     また陸軍所管地域だけでなく、海軍所管地域でも同手法の徴募が実施されており、各州庁の共通施策であったようである。
     
     軍慰安所開設の場合、地域部隊が慰安所管理を担当するのであるから、軍医を含めた地域部隊の将兵が徴募・移送・検診などを担当した為、スマランの場合は幹候隊の将兵が抑留所を回ったのであろう。
     また、民間慰安所の場合は、日本人や欧州人の経営者が州庁の許可を得た上で、州庁の役人と共に抑留所で徴募、地域によって憲兵(陸軍)または特警(海軍)が同行したと思われる。
     尚、その際は、民間慰安所も「自主志願・同意署名」条件が適用されていたようである。


     何故、三橋州庁長が起訴されたかと言えば、(全)州庁が事前に抑留所リーダーに応募リストを作成・提出させ、そのリストを元に、日本兵または業者が出向いて選別したという岡田少佐の主張が事実だからである。
     
     ところが、判決が無罪となったのは、リーダーがリスト作成・協力を否定し、元慰安婦がリスト掲載承諾・応募事実を否定したからである。
     

     

     一方、ムンティラン抑留所強制売淫事件が不起訴になったのは、抑留所リーダーと副リーダーのリスト証言が一致しなかったので、オランダ側のリスト作成を否定出来ず、元慰安婦もリスト掲載承諾・応募を認めたからである。

     女性基金調査は、整合性のある日本側証言を一切否定し、オランダ側の矛盾する一方的証言を摘み食いする典型的特亜調査なんだが、アイツ等自分が「選ばれた知識人」だと思ってるから、関わり始めた調査自体はそこそこマトモにやってるし、オランダ側の調査には変なバイアスかかっとらんので、資料的価値がある。
     だから、アタマから否定せんと、真面目に読めばそれなりの収穫はあるよw。


     

    一応、被告らについて、簡単に解説しとく。

     幹部候補生隊・能崎中将ってのは、蘭軍が捏造した強制売淫事件が事実だったら最高責任者だった筈なのに、懲役12年は、オランダの報復感情を考えると、本来強制売淫事件であれば軽過ぎる。
     強姦罪とユ〜のは、慰安所を開設した総責任を問われて、否定しなかっただけの罪と考えられる。
     いい歳した地位あるジーさんが慰安所に並ぶとか、慰安所を借り切るとか、慰安婦たちを宿舎に呼ぶとか、非常識な将官は現地に日本人芸者連を呼び込んでたとしても、
    能崎中将には一応そんな話は無い。
     
    抑留者不当処遇罪は、起訴した奴にテキトーにつけた罪名で、犯罪性は低い。


     幹部候補生隊・池田大佐は、16軍司令部との調整を担当したから強制売淫目的誘拐罪に問われたんだが、慰安所開設自体にはタッチしておらず、強制売淫罪・強姦罪を含め、蘭軍がテキトーにつけた罪名で懲役15年である。
     本人は、蘭印軍により行なわれた拷問による精神異常で一時判決留保となり判決が遅れたが、この拷問行為を連合軍法廷で裁けば、取調官・検察官は虐待で死刑かこれに準ずる重罪である。


     幹部候補生隊・村上軍医少佐が抑留者不当処遇罪・懲役7年というのは、偶々医療部門の責任者だっただけの扱いである。


     幹部候補生隊中島大尉は将校倶楽部慰安所を担当した軍医であるが、後日梅毒罹患者がいただけの理由で懲役16年である。
     本来慰安所は、性病感染を防ぐための施設であるのに、慰安婦が梅毒感染するっておかし〜だろ。
     日本兵に保菌者がいたなら、その日本兵は原隊でボコボコのリンチを受けてる筈だが、それを無視した判決。
     オランダ女子抑留所付近にコンドームが散乱してるというオランダ報告・・・私営売春による感染可能性も当然無視。



     幹部候補生隊石田大尉の罪名・抑留者不当処遇罪と懲役2年の量刑を思うと、起訴した以上、無罪にはセンという意思だけだったと思うよ。


     ・岡田少佐は、兵站将校としてスマラン市内の4軒の慰安所設立に関与しただけで、違法な募集が行われた事について直接的な責任は無い。
     然るに、彼のみ最高刑の死刑が判決されている事に、本裁判の偏向性が現れている。



     第16軍・河村少佐は副官レベルだったのか、罪刑は懲役10年と軽いが、一般的には重罪だよ。


     第16軍・大久保大佐は、訴追前に日本国内で自決している。
     自分は「罪を自覚し責任を執った」なんちゅう単純バカじゃないけど、「生きて無罪主張して頂けたら」とは思ってた。
     しかし、処刑された方々の「祖国再生の礎になる。」という想いに反し、死刑・重罪をネタに永遠のユスリタカリに遭っている現状を思うと、自決者の心情が日本人にしか通じない行為であった事を認めざるを得ない。

     




     合法的慰安婦募集要項策定者が死刑になっている事と比較すると、慰安所経営者・強制売淫実行責任者の量刑は、思いも掛けず軽い。

    スマラン倶楽部
    古谷 軍属 懲役20年
    日の丸倶楽部 森本 軍属 判決懲役15年
    青雲荘・双葉荘 下田 軍属 判決懲役10年
    将校倶楽部 蔦木 軍属 判決懲役7年
    桜倶楽部 青地鷲雄 民間人 懲役10年
     

     スマラン第一婦女抑留所・斉寅三助曹長が、無罪になっている点が、全く無視されているのは、日本人がオランダ人慰安婦問題を理解出来ていない証明である。

     死刑になった岡田少佐の個人犯罪であったかのように、櫻井よしこさんなどが主張されているが、発言の影響力を自覚していない軽率な認識である。

     幹部候補生隊の岡田少佐が、婦女抑留所に出向いて女性を拉致連行した個人犯罪であったかのように思われているが、幹部候補生隊の少佐が如何に上官であっても、婦女抑留所の曹長に命令出来るのは直属上官だけであって、指揮命令系統に反する少佐による婦女の拉致連行を認める事は有り得ない。もし認めたとすれば、婦女誘拐に協力した抑留所曹長は、岡田少佐と同罪である。

     しかしながら、曹長は同法廷で無罪になっている。これは、日本側が証言している通り、州庁の慰安婦募集案を陸海軍の司令部が承認し、各抑留所も司令部命令により抑留女性の移管を了解していたため、曹長は岡田少佐に抵抗せず、戦犯裁判でも罪に問われなかったのである。

     

     本戦犯裁判は、オランダ側の思い通りに判決された。

     しかし、他の抑留所と同じ徴募方法で行われた慰安婦募集が、本件だけ死刑者まで出したのは、オランダの捏造リンチが成功しただけで、正義が行われたワケじゃない。

     例えばオハーンは、「理由も判らぬまま、いきなり連行されて、慰安所に放り込まれ、無給で強姦され続けた」とユ〜のだが、同時にスマランに応募した女性は、日本軍の売春婦募集要項を理解した上で応募し、承諾書に署名して、所定の報酬を受け取っている。

     戦後は被害者の代表のように語り続けるオハーンだが、オランダ検察は法廷に証人として召喚する事は無かった。
     それは、彼女の一方的証言では、日本軍を有罪に出来る自信が無かったのだろうw。

     

    【2011.07.11 Monday 16:13】 author :
    | B級裁判 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
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      | - | 2012/11/23 8:31 PM |
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      | - | 2012/11/23 9:22 PM |
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