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    【2017.08.23 Wednesday 】 author : スポンサードリンク
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    271:戦犯裁判:米国管轄:横浜裁判:第2号法廷/福岡俘虜収容所第17分所虐待事件1
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       戦犯裁判アメリカ管轄・横浜裁判


      第2号法廷/福岡俘虜収容所第17分所(福岡県大牟田)虐待事件(由利所長ケース)
       

      起訴理由概要:虐待不法取り扱い逃亡俘虜刺殺命令。

       

      初代大牟田俘虜収容所長・由利敬中尉・長崎・26歳:46/1/7判決絞首>確認>執行1946/4/26AM5:00頃

       


       脱走俘虜・ハールド伍長に対する刺突殺害命令、パブロコス伍長餓死並びに部下の虐待行為の不作為責任、俘虜虐待行為と赤十字救恤品横領、病院赤十字マーク不表示などが訴因とされた。
       
       法廷では、他の法廷と同じく、米兵の口述書43通が証拠とされ、反対尋問は出来なかった。
       俘虜米軍医口述には「ハールド伍長殺害は知ってる。パブロコス伍長が何度目かの営倉入りを見た。体重77Kgが死亡時36Kgに痩せ細っていた。医薬品・手術用具・器具不足。国際協定に反し病院に赤十字マークが無い。戦後確認したら2年前の赤十字医薬品34包を確認した。」とある。

       また、横浜法廷2ケース目、4件続く俘虜収容所長裁判の最初のケースであったから、検察も格を高めようと思ったのか、原爆の病理調査で来日していたコーネル大教授の少佐を法廷に立てて「パブロコス伍長が暴行後、暖房・寝具の無い営倉に入れられ、1か月、1日1椀の塩味飯・1杯の水だけ与えられ、他の病理現象が見られなければ餓死と診断」などと証言させている。
       

      戦犯裁判1945/12/27〜46/1/7 実質8日間で死刑判決 
       
       
       検察側口述書や証言にツッコンでみると・・俘虜を銃剣で刺突してるのに知ってる程度か、俘虜が営倉に何度か入れられてる理由知ってたんだろ、医者だから見た目で俘虜前・死亡時の体重が判り体重半分以下って記憶してたんか、医薬品等不足や赤十字マーク不備って収容所長責任なのか、赤十字医薬品隠匿って軍民共に医薬品不足なのに横流しもせんと34包?、営倉虐待・暖房寝具なし・減食って伝聞だろ、他の病理現象が見られなければ餓死って病理確認もしてへんのに仮定診断だろwww。
       
       由利中尉は、開廷前日に日本人弁護士斡旋を断り、米軍人弁護のみで法廷に立った事が知られている。
       何故だったんだろ〜かとイロイロ思ってたが、弁護士の弁論記録を見て納得した。
       
       東京裁判の米人弁護士らが、如何に優秀で、何よりヒューマニストだったのは有名だけど、B級法廷弁護士も勝るとも劣らない人々が多かったと思う。
       本裁判でも、デッキンソン大佐・エモンズ少佐・ハードは、頑張ってたヨ〜だ。
       
       エモンズ少佐の最終弁論「由利が本所報告の正当防衛を採らず、刺突経緯を正直に詳細供述した事を考えたれよ。暖房不足って、戦況最悪状況無視か。赤十字スイス人視察記録には赤十字マーク指摘なんてない。施設不衛生だっちゅうけど、他収容所と比較してもグンバツ。救恤品隠匿なんて無責任証言、医薬品全量放出しても不足してた。米軍医は絶食だったユ〜けど他の口述は減食で食い違い、米国裁判なら口述証拠不採用だろ。俘虜間の嫌われモンだからって由利がスキで刺殺させたワケじゃない。検察の厳しさは度外れ。・・・」
       
       ただ、由利中尉、何処かに諦観があったんだろうな。
       

       死亡した俘虜両名は、窃盗の常習者・素行不良で、俘虜達から嫌われていたのは事実のようだ。
       米軍医の口述では、何故か刺突殺害よりも「44/2/27:餓死」に拘っているようだが、日本人と同量でも彼らには不満だったのだから、そこに拘るのは仕方がないが、逆に刺突に同意があった表れかも。
       由利の供述によれば、窃盗で俘虜仲間から突き出された際に暴行は受けておらず、日本側も暴行はせず営倉入りとした、また営倉中も減食はしなかったというが、こちらは俘虜全体への虐待範囲であり、不作為責任のみ問題視されている事から事実であろう。

       逃亡俘虜は俘虜たちの総意で異動願いが出された人物であり、逃亡時には他の俘虜の私物も奪っている。
       検察は逃亡じゃないといっても、服を奪って3着重ね着して食糧を詰め込んでて、そりゃないよ。
       逃亡俘虜が、民家に押し入り略奪強姦した事件もあり、収容所外には出していなかったとしても、諸方面への連絡等、収容所はパニック状態だったと思う。
       
       俘虜逮捕後、由利中尉が俘虜連絡係米大尉に「どうしよう?」と問うと「Ok」と返し、他の俘虜将校も同意し逃亡俘虜を置いて離れた。
       日本警備兵20名余が他の俘虜らの目隠しの為に取り囲み、跪かせ背部から心臓を刺突し殺害した・44/5/30夜。
       俘虜側に、殺害を止める手段は残されてたんだね。

       尚、俘虜殺害翌早朝、由利中尉は本所に出頭報告し、所長から叱責されたという。
       約1カ月後、由利中尉が本所直轄の太宰府収容所に異動している事から、日本側も問題視していたと思う。
       
       由利中尉の供述では、逃亡俘虜殺害を思い悩む心情が率直に語られている。
       ずるく立ち回れれば、俘虜を軍律会議送致してしまえばよかったのだろうが、思い詰めてしまったのだろうと思う。
       類似例を検討してみるが、上層部の俘虜管理指導にも問題があったんだろう。
       
       これが戦犯に問われるのは当然だが、米連絡将校が証人として召喚されていれば、終身刑・・・懲役が限度だったんじゃないかな・・・米側は言い訳だけで法廷に召喚する気は無かったのだろうが。
       
       
      参考:日本側証言

      赤十字外国部長・渥美鉄三「赤十字スイス人視察に同行したが、寝具・蚊帳・衛生施設も十分。食事も1日3400カロリー・日本人並みに支給」
       
      門司収容所長・斉藤陽一大尉(のち懲役25年)「大牟田は模範的管理で見学指定。由利の提案で娯楽施設あり。福岡本所長『ジュネーヴにおける国際条約よりも、日本陸軍の規則を優先せよ。』訓示あり。」
       
      小倉収容所長・力武彌市少佐(のち懲役15年)「見学では、よく整備され防空壕も備え、俘虜の服装・姿勢も良かった。若い由利が抜擢されたのは優秀だったから。」

      通訳「由利中尉は、日頃から警備兵や労務先に、「理由なく俘虜を殴るな。俘虜物品を奪うな」と注意を怠らなかった。」



       花山教誨師に、遺骨の太宰府天満宮参詣、長期間陽の目を見ていないので遺骨をお天道様に当てて、母に長生きするよう伝えて、と3つの希望を述べ、母と恋人の写真を出して「(恋人・伊都子さんは)私が死ねば自殺するかもしれません。他の人と結婚してしっかり生きるよう伝えて下さいませんか」と頼んだそうだ。
       
      死刑執行直前、30分ほどで書いた遺書

      「御母上様
       すくすくと曲がりなき竹も烈風狂はば倒れ油満つれど烈風強ければ燈火滅すとか。古先の士を求めて意を柔らぐ快なる哉。清なるかな。悲報と共に霊妙不可思議なる猛雨漣々として地上を覆ふ。是我が今を悲しむ神仏の血涙ならん。我れ全絶不滅のものに悟入しつつ、まもなく仏に帰依せんとす。死するに非ず。大生命の本源に帰するものなり。只物質なる肉体のみ止む無くポツダム宣言の露と消えん。
       此の世の呼吸も幾何(ばく)もなく、やがて骸骨灰燼に帰するもの、只胸中述ぶるを得ず。御母上様の御声を得る術もなくして散るを悲しむ。然し、今また千言云うも甲斐なし。二十六年と百八日間の桜花と共に清く武人の最後を誉とす。」

       「嗚呼、悲しかる哉。御母上様の運命、想へば涙漣々果つるを知らず。何卒敬の分も百年も二百年も強く生きられよ。

       御先祖様へは然るべく伝へます。時せまれり。伊都子初め皆々様へ呉々も宜敷く伝えあれ。」

      辞世
      「雪わけて咲きかほりてぞ尊けれ故郷に咲く梅の姿よ」
      「面影の忘らるまじき別れかな名残りを西の空にとどめて」

      【2011.07.01 Friday 22:37】 author :
      | B級裁判 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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