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267:戦犯裁判:米国管轄:横浜裁判:第1号法廷/東京俘虜収容所第12分所俘虜虐待事件1・土屋辰男伍長
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     戦犯裁判アメリカ管轄・横浜裁判


    第1号法廷/東京俘虜収容所第12分所(長野県平岡村満島)俘虜虐待事件1

     

    起訴理由概要:俘虜1名虐待致死、数名虐待。

     

    土屋辰男伍長・長野:45/12/18開廷>45/12/27判決無期>確認

     1945/11/10新聞に戦犯指名者が掲載され、それを見た長野の土屋辰男軍属は事実確認の為に自ら巣鴨に出頭し、11/16そのまま逮捕された。
     起訴状には、コーリー少佐他4名に暴行しティーズを死亡させ、俘虜向けの赤十字救恤品を横領したとされていたが、本人は事実無根を訴えている。
     
     


     「この農夫出身の穏やかな顔つきをした男が、かつて・・・サディストだった」と「ニッポン日記」(マーク・ゲイン)に書いた米記者は、審理が進むにつれて、米兵らの口述書が「法廷はおろか警察担当記者の検討にさえ堪えない」「みんな食い違いが激しい」「アメリカの正義観念を持つ文明人として不安になり恥ずかしくなった」と記している。
     
     本法廷・米兵らの口述書には、「対向ビンタ(俘虜を向かい合わせて相互に殴らせる)をさせた。」「棍棒・荒縄で殴りつけた。」「雪の中に裸で立たせる」「木の根を食べさせられた。」「火焙りによる拷問虐待」などがあったようである。
     
     前段は、日本軍内では当然に行われていた事もある虐待・常態行為であるが、「木の根」はゴボウ、「火焙り」はお灸だった事を思うと、虐待致死に至るような行為まで行われていたのかは疑問である。
     
     食糧不足だった当時、牛蒡を手に入れた看守が家族らに回さず俘虜に与えた事。
     鍼灸師がソ〜いなかった時代、医者も医薬品も不足する中、物知りばあさんにでも頼み込んで俘虜にお灸治療をして貰った事。
     
     米軍は、日本の俘虜収容所関係者に対する報復を重視してたから、最初の俘虜収容所裁判であったし、ただの軍属でも過酷な量刑になったようである。

     同収容所関係者は、その後2ケース裁判が行われたが、軍属4名のうち2名が絞首刑だった。
    ・・・本件が終身刑であったとすれば、多少本人証言を考慮した判決だったんかも知れへんね。

    【2011.06.26 Sunday 22:53】 author :
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      【2017.06.24 Saturday 22:53】 author : スポンサードリンク
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