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261:アメリカ/ 立川憲兵分隊・B29搭乗員俘虜集団暴行斬首事件
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     戦犯裁判アメリカ管轄・横浜裁判


    #217/立川憲兵分隊・B29搭乗員俘虜集団暴行斬首事件

     1945/8/8午後、東京・中島飛行機武蔵製作所爆撃から帰投中のB29が、北多摩郡谷保村(国立市)に墜落し、生存者2名が俘虜となった。
     
     2名は立川憲兵分隊へ連行され、翌8/9夕に1名(おそらく将校)が東京憲兵隊司令部に移送されたが、モローン軍曹は憲兵分隊に残された。
     
     8/10午後、立川憲兵分隊長の矢島七三郎少佐の命令で、モローン軍曹は近くの錦国民学校(立川市立第三小学校)の校庭に引き出され、集まった約800名の軍人・市民に囲まれる中で2時間にわたり竹槍で殴打されるなど、市民らの暴行を受けた。
     
     その後、近くの正楽院墓地へ連行され、立川陸軍航空廠の将校によって斬首され、そこに埋められた。
     
     
    戦犯裁判

    立川憲兵分隊長・矢島七三郎少佐 無期懲役
    関昇憲兵准尉 懲役20年
    斬首実行の立川陸軍航空廠の将校は身元不明 不起訴

     
     憲兵分隊では、戦後に遺体を火葬し、医師に「墜落死」の診断書を作成させる証拠隠滅を行っているが、その上、故意に市民らにリンチさせているワリには、量刑が軽い。
     
     斬首将校や暴行関与市民については、勿論被告らが庇ったのだろうが、検察が逮捕・訴追に拘らなかったのは、搭乗員俘虜虐待事件裁判が終盤になり、裁判官らを含めて復讐心が萎えて来ていたのかね〜。
     
     ただ本件でも、匿名の投書などから事件が発覚している。
     
     憲兵分隊長の「市中引き出し」行為は、当然処罰されるべき犯罪行為であるが、市民らによる暴行は免責に相当するだろう。
     当時の市民感情として、目前にいる虐殺者に対し報復感情を抱くのが当然だったのだが、戦後になると掌を返して、必ず特亜系日本人が登場して、「正義感」から裏切り・密告するんだね。
     
     戦犯裁判では、日本人による裏切り・密告・責任逃れの多さに、連合国側がアキレタ・・・と言われているが、醜態だと思うよ。
    【2011.06.23 Thursday 20:36】 author :
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      【2017.07.07 Friday 20:36】 author : スポンサードリンク
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