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1946:オーストラリア管轄・ラバウル裁判・第68号法廷/英俘虜虐待致死・当川事件
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    戦犯裁判オーストラリア管轄ラバウル裁判1/2ラバウル裁判2/2

     

    第68号法廷/英俘虜虐待致死・当川事件

     

    起訴理由概要:昭和19年7月25日より10月15日の間、ワトム島に於て当川は2回英人俘虜ハドソン、スメルの顔を殴打せり。又同俘虜マレット大尉は「ヨクナイ兵」と呼びたる為、殴打せられたり。
    19年7月25日より20年2月16日の間ハドソン、オッカナーは潰瘍に、マレット大尉は脚気に罹りありて、マレット大尉は縷々軍医にオツカナーの治療を依頼せるも容れられざりき。ハドソンは2月16日死亡せり。数日後マレット大尉は種子を入れたる缶を蹴りたる為当川より殴打せられ、又厩の柱を縛るべき当川の指示を実施せざりし故を以て、眼は黒色に化し顔面に内出血を生じる程殴打せられたり。
    以後マレット大尉の潰瘍は逐次悪化し、歩行不能なる旨を報告せる処、当川は数回彼を殴打し労働を強制せり。又小便器の汚物を床上に落としたる故を以て、潰瘍の足を殴打し出血せしめたり。その四日後マレット大尉は遂に死亡せり。

     

    混2連隊・当川正範伍長・(#72・5年)・愛媛:46/5/7判決絞首>46/8/15確認:弁護河内

     

    一般解説:印度兵補ではなく使役の英兵俘虜相手だったと思われるが、当川伍長自身は、隊内の部下と同じように接していただけで虐待しているという認識は無かっただろう。起訴内容にもそんなに誇張は無いように思える。起訴状が転記されていれば、ある程度正確な判断が出来るが、概要作成者の主観が入っているので、絶対的確信は無いが、虐待致死であって、虐待殺人では無いので、虐待を許していた上官責任を考慮して、30年でも良かったのでは無いか。

     

    詳細解説:

    【2016.12.15 Thursday 13:54】 author :
    | B級裁判 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
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      【2020.02.21 Friday 13:54】 author : スポンサードリンク
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      この記事に関するコメント
      管理者の承認待ちコメントです。
      | - | 2018/08/15 6:11 PM |
       絡まれてはいけないので、非公開に
      | 腹 | 2020/02/21 6:51 PM |
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