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1878:日本は中国に侵略され、米英に侵略された被害国w。
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     東京裁判においてで中国は、「如何に日本に侵略され続けたのか」を訴え続けた。しかし、戦争という国家行為について、国際慣習に反し個人の責任を問うのなら、A級平和に対する罪もC級人道に対する罪も、明確な国家の方針と、それに個人がどのように関与していたのかが明白にされなければならない。
    多くの日本人が、東京裁判で侵略犯罪と人道犯罪が裁かれたと思い込んでいるが、ドイツと違って日本は、人道に対する罪は1件も起訴されなかった。
    侵略犯罪は死刑相当の罪では無かったので、ドイツの場合は人道犯罪単独乃至は侵略罪との併合で処刑出来たが、日本には人道犯罪の適用が無かったA級戦犯を処刑出来なかった。そこで、侵略地に於ける兵士個人の戦争犯罪を抑止しなかったという不作為責任を捏造して処刑したのである。
    アジア各地を侵略して植民地化していた欧米、並びに中国ソ連に対する侵略に関与したA級戦犯については、関与の時期や期間またその度合い等について起訴する基準は無かった。ただ共同謀議という名目を広範に認めて、起訴後に兵士の犯罪に対する不作為責任を問える者を処刑しただけである。

    そこで、欧米・ソ連侵略は別稿にするが、日本による中国侵略について、以下解説する。
    日中戦争について、東京裁判は満州侵略と中国侵略に分類している。この中国侵略について、緒戦の上海戦から首都南京攻略戦までの戦争を指揮した松井石根大将を中国侵略罪で起訴した。検察は他の被告と同様安易に共同謀議も起訴したが、上海南京戦に全権を以て作戦していたのは松井だけなので、共同謀議は無罪になった。この結果、上海南京戦は、その後の中国侵略とは分離され、単独で侵略審理されたことになる。
    上海戦は、ドイツ顧問団の指導を受けた中国による日本の共同租界先制攻撃で開戦している。これは後の国連侵略定義からすれば明らかに中国による日本侵略戦争であるが、松井大将は侵略に応戦したことが認められ、中国侵略は無罪になった。日本側が侵略無罪になったからといって、中国が自衛目的の先制攻撃と主張すれば、当時の不戦条約基準からすれば、中国による日本侵略戦争とは判断出来ない。(中国は不戦条約未批准)
    しかし、中国は、上海攻撃の際、戦争を防ぐための協定により定められた非武装地帯に、陣地構築・戦力配備を行なって、謂わば国際条約に違反する宣戦布告無しの「中国人による卑劣な騙し討ち」を行なっていた。
    後のパールハーバーを「日本人による卑劣な騙し討ち」とプロパガンダした米国は、侵略被害国であった日本に対し隔離演説を行ない、侵略国・中国に軍事経済援助を行ない日本を経済封鎖して、泥沼の戦争に引きずり込んだ。
    ここで留意すべきは、上海の応戦が侵略無罪になっただけでなく、敗走する中国軍を追撃し、首都南京を攻略しても侵略無罪になっていることである。
    そして、南京戦後の日中戦は、理由不明のまま起訴通り侵略有罪になっている事である。
    日米戦は日本の侵略により開戦したとして(事実は連合国の経済封鎖が先制攻撃、侵略国と共同謀議した先制侵略である。)、その後日本に侵攻しているのは、米国による日本侵略戦争である。

    【2016.12.11 Sunday 01:01】 author :
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      【2018.11.12 Monday 01:01】 author : スポンサードリンク
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