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1876:「日中戦争は、中国による日本侵略戦争によって始まった。」
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     枢軸国の中で、唯一国家無条件降伏ではなくポツダム条件降伏した日本は、侵略国に国家無条件降伏を要求したカサブランカ宣言の対象国ではなくなったにも関わらず、降伏後はポツダム条件を無視した東京裁判が強行された。
    東京裁判起訴段階では、GHQは他の枢軸国と同様に、日本が関与した戦争全てを侵略有罪にするつもりで、タイ・カナダ・ニュージーランド・オーストラリアも被侵略国として起訴した。しかし、タイは名目上日本の同盟国であり、日本軍タイ領通過の際偶発的な戦闘が起きたが、これは侵略戦争と呼べるものではなかった。また、オーストラリアについては、緒戦にオーストラリアが対日戦争準備のため、中立国ポルトガル領チモールに侵攻し、ポルトガルから侵略行為と抗議されていた事もあり、起訴されても審理されなかった(第1次大戦後には、中立国への侵攻を侵略戦争と見做す国際合意があったが、判例としては確定していなかった。)。
    これらの事情により、、日本が関与した戦争全てを侵略と見做す方針が、先制攻撃を侵略とする方針に変わり、カナダ・ニュージーランドは、自国攻撃される前に連合国として日本攻撃に参加していたために「日本の先制攻撃により開戦した。」事にならないので審理されなかった。
    このようないい加減な侵略定義で東京裁判は進められたが、日中戦争は中国による対日先制攻撃で開戦しているため、第2次上海事変から南京攻略戦までの日本の侵略行為は無罪になった。
    判決はこのように単純明白に侵略無罪で有りながら、日本が中国を侵略したのが国際的定説になってしまっているのは、侵略無罪の代わりに南京虐殺事件を捏造して、侵略行為の一部であるかのように宣伝した。その結果、日本人までが中国侵略有罪と思い込んでしまったのである。
    最近、通州事件を知る方も増えてきたが、中国側が通州事件をより大規模に実行しようとしたのが上海事件である。

    1933頃からドイツ軍事顧問団の指導下に武器等供与され、中立地帯に協定違反の陣地トーチカを構築し日本人居留民を通州同様の大虐殺するつもりで攻撃した。これは偶発的衝突事件では無く長期間周到に準備された宣戦布告無しの条約違反の侵略戦争であった。
      この時米国は、侵略国に対する隔離演説を行なって、騙し討ちされた被侵略国日本を非難して、日本を経済封鎖し、中国を軍事経済支援して、日本を泥沼の戦争に引きずり込んだ。
      ここで留意すべきは、日中戦争の発端を盧溝橋事件だという中共を代弁する日本人の存在である。
      後備含め80万の兵力を配備し、ドイツ顧問団の指導により数年掛けて構築した陣地、訓練により仕掛けた上海戦争と比較して、小規模の軍事衝突であった盧溝橋事件を日中戦争の始まりとするには相当無理がある。
      中共が関与したテロ行為によって、日本と国民党を衝突させたのだから、中共が自慢したいのは判る。だが、日本が主張するなら、東京裁判で無罪になった上海侵略戦争を発端とするのが常識的だろ。
      上海日本人大量虐殺を防ぐために、日本には自衛戦争を行なう以外の方法は無かった。GHQはもういないんだから、そろそろ洗脳を解いていいんだよww。

    【2016.12.08 Thursday 20:18】 author :
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      【2018.08.10 Friday 20:18】 author : スポンサードリンク
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