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1809:ドイツのギリシャ賠償問題の責任は米・ルーズベルトにあり・・・現在判る範囲で
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     ルーズベルトは、枢軸国ドイツを侵略国と決め付け、侵略国には従来方式の講和会議は行わないと決めていた。

     従来方式とは、対日講和と同様に、敗戦国も国家として戦勝国と同じテーブルについて、講和条件を会議し、講和条約を以て正式に戦争終結するものである。しかし米国は、侵略国には講和会議に出席する権利を認めなかった。
     日本は、他の枢軸国と異なり、侵略国定義である国家無条件降伏要求を撤回させ、ポツダム条件提示され、これを受諾して停戦している。ソ連への牽制の意図もあったのか、日本は侵略国定義を免れたのであるから、当然に従来方式の軍無条件降伏であり、国際慣習通り講和条約により戦争状態を終了させている。
     独の場合、降伏直後から、ソ連は強盗国家の本性を現し、米国もコントロールが出来なくなって、ドイツは分裂した。(この惨状から、日本は米国による単独占領が行われた)その結果、戦争賠償についてはドイツとしての統一的対応が出来ず、西側諸国は1953年「ロンドン債務協定」を締結し、ドイツの戦争賠償は東西ドイツの統一後、講和条約締結まで棚上げにすることになった。
     
     1990年に東西ドイツ統一が実現した時には、米国は面倒には関わりたくなく、講和条約締結は放棄され、東西ドイツと米英仏ソ間でドイツ最終規定条約が締結されたが、他の欧州諸国を含め国家賠償問題は有耶無耶となった。
     
     日本は講和条約並びにその後の二国間条約で、正式に国家賠償問題は終了させているが、侵略国認定されたドイツは講和条約が無いため水に流す大赦条項の発効もない。従って、当然日本のような拘留中の戦犯赦免は行われず、1997年に独連邦議会が、A級戦犯否定決議を行った際も、C級戦犯として懲役中の将軍達の赦免は行われなかった。
     
     1997年、ギリシャの裁判所がドイツに3,750万ユーロの賠償支払いを命じたが、ドイツ政府は国際司法裁判所に訴え、断固拒否が認められている。
     
     ドイツの賠償問題や日本の領土問題、チナ・アジア諸国間の南シナ海問題も、全て米国の無責任が招いた事である。

    【2015.02.21 Saturday 16:56】 author :
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