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159:フィリピン管轄戦犯裁判
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    全70件167名
    マニラ裁判:1947/8/1〜1949/12/28
     死刑判決79名(終身減刑56名・有期減刑6名) 無期・有期46名

     
     絞首刑17名 終身刑56名 有期刑52名

    1275:第1号法廷/バイ地区比人殺害事件:歩兵17連隊中隊長・工藤忠四郎大尉ケース:ゲリラ掃討の名目で住民を殺害した事件:1948/11/9絞首刑
    1184:第2号法廷/比人殺害事件:中野静夫憲兵大尉ケース:1948/11/9絞首刑
    1274:第3号法廷/比人殺害事件寺本徳次大尉ケース:1948/11/9絞首刑
    1183:第-号法廷/セブ州メデリン島比人虐殺事件:メデリン島現地民虐殺強姦略奪事件:中村秀一大尉ケースら13名:対日80億ドル賠償要求が拒否されたため嫌がらせで処刑執行された無辜の人々
    1273:第-号法廷/北部ルソン・カガヤン州バイバヨク橋梁比人殺害事件橋梁守備兵の誰かが襲撃してくるゲリラを殺害した事件:三原菊市軍曹ケース:対日80億ドル賠償要求が拒否されたため嫌がらせで処刑執行された無辜の人
     
    以上、17名が、対日賠償請求の脅迫手段として、見せしめ処刑された人々

    1276:第4号法廷/バイ地区比人殺害事件
    歩兵17連隊兵站将校・「あゝ モンテンルパの夜は更けて」作曲・伊藤正康大尉・陸士56
    :第-号法廷/比人殺害事件:小池・藤崎:特赦1号:特赦53/6/28:58/7帰国:58/12/30釈放
    1277:第-号法廷/比人殺害事件鳩貝吉昌憲兵将校・埼玉新座:銃殺判決48/12:特赦53/6/28:58/7帰国:58/12/30釈放
    :第-号法廷/比人殺害事件:浜田義男中将・浜田三郎人違い:絞首刑判決::特赦53/6/28:58/7帰国:58/12/30釈放
    1278:第-号法廷/比人殺害事件「あゝ モンテンルパの夜は更けて」歌詞・代田銀太郎(しろた)憲兵大尉・長野飯田:特赦53/6/28:58/7帰国:58/12/30釈放


    :第1号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第2号法廷/事件

    起訴理由概要:昭和20年2月9日ラグ^ナ州バイに於いて非戦闘員比市民数百名虐待を命令許容せり。
    2、同地に於いて3名の比人殺害を企図し、之を傷害せることを命令許容
    3、同日同町に於いて23名の比人を刺殺焼殺を命令許容

    起訴3項目共、同連隊-井中隊によるゲリラ隊討伐中の事件で、工藤大尉がロスバニオスに到着した日の20年2月11日は、バイ町事件の3日後であり鼓動大尉及びその部下は事件に全く関与していなかった。
    -井中尉は、容疑者としてニコラスフィールド収容所に収容中脱走し、住民に逮捕去れ殴打虐待の結果精神異常となり、入院後内地帰還していた。

    歩17・工藤忠四郎大尉・47/8/1開廷>47/11/6判決絞首>48/7/13執行:弁護小坂


    :第3号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第4号法廷/事件

    起訴理由概要:昭和19年12月16日キャビテ州イムスロに於いて、市民ドロトルラサロメラノ外5名を拷問虐待する事を命令許容
    2、同17日同州ダスマリニヤスに於いて比市民ラオドリコ及び数不明の市民を拷問虐待する事を命令許容
    3、同地に於いてモデストドヲタ等23名の市民を殺害する事を命令許容

    事件と本人との関係:起訴3項目該島の討伐に指揮班長として参加せるも指揮官は豊永憲兵中佐、及び捜索16連隊中隊長一位大尉及び東平憲兵少佐にして、中野は識見を有せず。
    ゲリラ隊員の処刑は捜索16連隊一位部隊が直接実行したるもので、中野は周知しあるも参加し非ず。


    マニラ南憲兵分隊・中野静夫大尉・47/9/17開廷>47/12/5絞首>48/11/7執行:弁護中村一則梅谷勝

    :第5号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第6号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第7号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第8号法廷/事件

    起訴理由概要:昭和18年3月18日マウンテン州アトックカブヤオに於いて市民ハヤンボンチャグザ外1名を拷問命令実施せり。
    2、同月同州アトックグエングに於いて市民ルホパラオ及び及び他の3名を拷問命令し実行す。
    3、同年月同州マンカヤンムラタオ部落に於いて市民ピヨグワキを拷問殺害せり、
    4、同年月16日同地に於いて市民3名を殺害す。
    5、同年7月同部隊に於いて市民ホワンダフェニを殺害せり。
    6、同年8月同部隊に於いて市民ルクオカブサオを拷問殺害せり。

    事件と本人との関係:マンカヤン警備隊長として、その服務期間は19年3幸15日から6月13日の3月間にして起訴状中明瞭に本人の在任期間内に入っているものは第3項だけである。
    イ、1.2は人違い明瞭アトックに於ける事件当時彼はバキオに於いて新たに編成替えとなった銃砲隊長となり新しい銃器を受領して部下の教育訓練に熱中していた頃で、アトックの山岳地討伐等とは何の関係もない。
    ロ、第3項目は明瞭に在任期間内にして、第4項共に心当たりがあると本人が漏らしたので多少関係があった模様
    ハ、5.6項、日本軍転進後である。

    独歩175大隊・寺本徳次大尉:45/10/20開廷>48/1/30絞首>48/11/9執行:弁護梅谷アルテミロアレホ


    :第9号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第10号法廷/事件

    起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで

    バヨンボン 憲兵分隊 憲・中尉 山形 ■■■■ 1948/2/23 無罪
    1,昭和二〇年一月二一日頃、Nueva Vizcaya州Bayombong附近において彼の指
    揮下の日本陸軍軍人及びその地に派遣されたその他の者等に、故意かつ不法にい
    ずれも非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■又は■■■■等六名及び氏名
    不詳のその他の者を拷問することを命令し指示した。2,昭和二〇年一月二一日頃前
    記Bayombong附近において同じく、■■■■(名不詳)、■■■■及び氏名不詳
    のその他の者を殺害することを命令し、指示した。3,昭和二〇年一月二八日頃、前記
    Bayombong附近において同じく、■■■■を殺害することを許容した。4,昭和二〇年
    二月七日頃、前記Bayombong附近において同じく、■■■■、■■■■夫人の両名
    を拷問し、虐待することを許容した。5,昭和二〇年三月二五日頃、Nueva Vizcaya州
    Solano附近において同じく、■■■■を虐待し、かつ殺害を試みることを許容した。6,昭
    和二〇年三月二五日頃、前記Solano附近において同じく、■■■■及び■■■■を
    殺害することを命令し指示した。7,昭和二〇年三月及び四月頃、Solano附近において
    同じく、■■■■等一二名及びその他の氏名不詳の者を拷問し虐待することを許容し
    た。8,昭和二〇年三月頃、Solano附近において同じく、■■■■を拷問し、強姦するこ
    とを許容した。9,昭和二〇年三月頃、Solano附近において同じく、■■■■を拷問し、
    強姦することを許容した。


    :第11号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第12号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第13号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第14号法廷/事件

    起訴理由概要:昭和20年1月8日カガヤン州アルカラに於いて市民アキリノキャピレ外3名の拷問を命令指揮し参加せり。
    2、20年1月9日同地に於いて市民ビセンテガロリヤ外3名殺害の命令指揮参加。
    3、同日同地に於いて市民デデロアンギランを傷害殺害する事を命令式参加。
    4、3月4日同地に於いて市民デキクランヤス、アンコーラス外1名の拷問虐待を命令式参加。
    5、3月5日前項市民及び外3名の殺害命令。
    6、3月14日同地に於いて市民マリヤノヤーの拷問を命令。
    7、同日同地に於いて、マリヤノヤー外3名の殺害命令。

    事件と本人との関係:1〜3項は、大隊長酒巻大佐のゲリラ討伐命令により部下約十数名を指揮して討伐を実施し、起訴状記載の者等を逮捕し銃器を押収し大隊本部に連行中被害者は逃走したるため、之を射殺或いは刺殺したものである。尚、酒巻大佐の討伐命令に拠れば逮捕したるゲリラ隊員は現地において厳重処分すべし、であった。
    2、起訴状4〜7項はバイバヨク橋梁分哨より約1キロ付近の民家に宿営中の通過部隊花園部隊の兵隊によって行なわれたる事件なることは、当時の現地住民の訴えによって明白で有り、三原軍曹は無関係。

    独歩177大隊バイバヨク橋梁分哨戒長・三原菊一軍曹:48/2/12開廷>48/5/6判決絞首刑>51/1/19執行


    :第15号法廷/8号より転番事件

    起訴理由概要:被告人等は、昭和19年10月セブ州デリンパングワン部落部落において市民ヘレラ及びその家族等の財産を強奪掠奪する事を許容並びに参加せり。除神内
    2、神内を除く被告等は19年10月同地において市民マヌエルシー外十数名拷問殺害放火するを許容参加せり。
    3、安部斉藤小野は19年11月同地砂糖工場において市民2名殺害を許容せり。
    4、中村三木安部鈴木陣内斉藤小野衛藤尹東は19年9月〜10月同地において3名の婦人を強姦する事を許容参加せり。
    5、安部は17年10月同地において、ゼヨセツイナデルリオ外3名の比スペイン人を殺害する事を許容参加せり。
    6、被告人全員は19年10月同地においてカルメンヤップを輪姦せることを許容参加せり。
    7、中村金田は19年10月月同地においてカルメンヤップを強姦<br>せることを許容参加せり。
    8、安部関森斉藤金田小野志賀は19年7月及び10月同地において多数の市民を拷問虐待殴打する事を許容参加せり。
    9、陣内は17年10月同州ルヤ部落において市民2名の殺害を許容参加せり。
    10、安部志賀は19年8月ノデリンボゴ砂糖工場において市民マルソスコーソンの殺害を許容参加せり。
    11、安部金田志賀は19年9月同地においてニコラスリベラを殺害する事を命令許容参加せり。
    12、安部金田は同月同地に於いて市民バリン殺害を許容参加せり。
    13、関森金田は19年10月バリンダリンに於いて氏名不詳の比人を強姦せり。
    14、陣内は19年10月ホアゲ部落においてアガラドカブレラの拷問虐待を許容参加せり。
    15、陣内は同月同地でエルデホンフカブレラ外3名の所有物たる宝石衣類銀製品芸術品等多数を掠奪強奪窃盗する事を許容参加せり。

    起訴せられたる経緯:
    1、中村鈴木三木上野は21年1月レイテの俘虜収容所に於ける首実検の際検事側証人予定者たる比人男女郭1名によりでたらめに指摘されたのが重大な決定的原因となった。
    2、当時レイテ作戦のために同地に輸送される船団は途中その大部が撃沈され漂流兵員が続々とセブ島のメデリンに上陸した。これらの兵は付近の徴発を始めたため、住民は海岸にたどり着く日本兵を悉く殺害を始めた。安部中尉は隷下1個小隊では治安の維持が出来なくなり、セブの大隊本部から1個中隊が派遣隊として同地に来た。そしてこれらゲリラ討伐を行なったものが事件の起きた原因である。
    3、しかし裁判は全くのでたらめで、比島国民裁判で反逆罪に問われていた男が、自分の保身上検事側の証人として出廷し、事件を誇張し或いは関係なき人々まで罪人貶めてしまった。
    4、審理終了時、この証人はその証言が全く検事に強迫されて作られた偽証である事を申し立てたが、無駄であった。
    5、本事件には全く無関係の次の6名がある。
    中村・セブ島セブ市在第35軍司令部付
    三木・パナイ島イロイロ市在102師団
    鈴木・セブ市在201海軍航空隊本部附
    関森・セブ市在憲兵分隊附き
    衛藤・セブ市在大西重砲隊本部
    上野・ミンダナオ島駐屯部隊


    三五軍司 大尉 山口 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首 
    一〇二師司
    獣 獣医・中尉 北海道 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    独歩一七三
    大 中尉 大分 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    海軍二〇一

    海軍・主・中
    尉 栃木 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    独歩一七三
    大 少尉 佐賀 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    歩七七 曹長 長崎 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    独歩一七三
    大 曹長 大分 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    セブ憲分 曹長 長野 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    独歩一七三

    伍長 大分 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    伍長 大分 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    伍長 大分 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    上等兵 大分 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首
    兵長 大分 ■■■■ 1948/05/27 絞首 絞首

    1,下記の者及び氏名不詳の他の者たちは、昭和十九年一〇月、比島Cebu州Medellen のPanugnawan地区附近において不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■
    ■■■及び■■各家に属する不動産、個人財産、動産、製品、商品を焼却し、不正に利得
    し、略奪し、破壊することを許容し、かつ参加した。2,下記の者は、昭和十九年一〇月、前記
    Panugnawan地区附近において、不正かつ不法に、いずれも非武装の非戦闘員たる比島及
    び中国市民■■■■、■■■■等二六名の拷問、殺害、及び、未遂に終った■■■■の
    殺害を許容し、かつこれに参加した。3,■■■■、■■■■、■■■■は、昭和一九年一一
    月、前記Medellin-Bogo砂糖中央市場附近において、不正かつ不法に二名の非武装の非
    戦闘員たる比島市民を銃剣により殺害することを許容し、かつ、これに参加した。4,■■■
    ■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■は、昭和一九年九月
    及び一〇月中、前記の砂糖中央市場附近において、不正かつ不法に比島市民■■■■及
    び■■■■を反復強姦することを許容し、かつこれに参加した。5,■■■■は、昭和一九年
    一〇月、前記の砂糖中央市場において、不正かつ不法に比島市民■■■■、■■■■及
    び二名の氏名不詳の女性及び二名の氏名不詳の非武装の非戦闘員たるスペイン人の殺
    害を強要し、かつこれに参加した。6,下記の者は、昭和一九年一〇月前記の砂糖中央市場
    附近において、不正かつ不法に比島市民■■■■及び■■■■を反復強姦することを許
    容し、かつこれに参加した。7,■■■■及び■■■■は、昭和一九年一〇月、前記砂糖中
    央市場附近において、不正かつ不法に比島市民■■■■を性交の目的で脅迫し、監禁し、
    強姦することを許容し、かつ、これに参加した。8,■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、
    ■■■■、■■■■は、昭和一九年九月及び一〇月前記の砂糖中央市場附近において、
    いずれも非武装の非戦闘員たる多数の比島市民を柔道を用い彼等の体を投げ飛ばして拷問
    し、殴打し、虐待することを許容し、かつ、これに参加した。9,■■■■は、昭和一九年一〇月
    Cebu州Luya地区附近において、不正かつ不法に、非武装の非戦闘員たる比島市民■■
    ■■及び■■■■を刺突を以て殺害することを許容し、かつ、これに参加した。10,■■■■
    及び■■■■は、昭和一九年八月中前記の砂糖中央市場附近において、非武装の非戦闘
    員たる比島市民■■■■を背後から射撃することにより、殺害することを命令し、かつ、これに
    参加した。11,■■■■、■■■■、■■■■は、昭和一九年九月、前記の砂糖中央市場
    附近において、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■、■■■■を射
    撃及び刺突により殺害することを命令し、許容し、かつこれに参加した。12,■■■■及び■
    ■■■は、昭和一九年九月前記の砂糖中央市場附近において、非武装の非戦闘員たる比
    島市民■■■■(名不詳)なる者を刺突により殺害することを許容し、かつ、これに参加した。
    13,■■■■及び■■■■は、Cebu州BogoのMalingin地区において、不正かつ不法に
    氏名不詳の比島市民を強姦した。14,■■■■は、昭和一九年一〇月前記BogoのBoac地
    区附近において、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■を殴打及び足
    蹴により拷問し虐待することを許容し、かつ、これに参加した。15,■■■■は、昭和一九年
    一〇月前記Boac地区において、■■■■、■■■■の財産、宝石、衣類、銀製品その他高
    価な財物を不正に獲得し、略奪し、窃取することを許容し、かつ、これに参加した。


    35軍司令部・中村秀一大尉:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    海軍201航空隊本部・鈴木光忠海軍主計中尉:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    パナイ島102師団・三木岩中尉:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    ミンダナオ島歩兵第77連隊・上田勝四郎曹長:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    セブ憲兵分隊・関森儀道憲兵曹長:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    独歩173大隊・阿部末雄中尉:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    ・陣内起也少尉:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    ・衛藤利武軍曹:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    ・金田貞雄軍曹:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    ・小野安夫伍長:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    ・斉藤助伍長:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    ・伊藤益男兵長:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行
    ・志賀富士夫上等兵:48/5/27判決絞首>51/1/19.20執行

     

     

    :第16号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第17号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第18号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第19号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第20号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第21号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第22号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第23号法廷/事件


    起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで

     


    :第24号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第25号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第26号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第27号法廷/23号より転番事件


    起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで

    独立歩兵第 一七四大隊
    伍長 熊本 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    軍曹 熊本 ■■■■ 1948/08/27 30 30
    上等兵 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    上等兵 熊本 ■■■■ 1948/08/27 30 30
    二等兵(兵長) 広島 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    上等兵 熊本 ■■■■ 1948/08/27 30 30
    上等兵 熊本 ■■■■ 1948/06/29 公訴棄却
    兵長 熊本 ■■■■ 1948/08/27 30 30
    上等兵 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    上等兵 熊本 ■■■■ 1948/08/27 終身 終身
    兵長 熊本 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    上等兵 熊本 ■■■■ 1948/08/27 終身 終身
    上等兵(伍長) 熊本 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    一等兵 熊本 ■■■■ 1948/08/27 30 30
    伍長 熊本 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    上等兵 熊本 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    上等兵 熊本 ■■■■ 1948/06/14 公訴棄却
    一等兵 熊本 ■■■■ 1948/08/27 30 30
    伍長 熊本 ■■■■ 1948/08/27 終身 終身

    1,■■■■は、昭和二〇年一〇月二四日頃、Bohol州JagnaのBalili地区附近におい
    て、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■を射撃により殺害する
    ことを試み、その結果前記の者は重傷を負わした。 代置及び修正を行なった起訴事実
    詳細1。 1,■■■■は、昭和二〇年一〇月二五日頃、Bohol州JagnaのTubig Dio地
    区附近において、故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■を強姦し
    た。 2,下記一九名は、昭和二〇年一〇月、一一月、一二月及び昭和二一年一月、二月
    の同前記Jgana附近のTubig Dig地区において、不正かつ不法に非武装の非戦闘員
    たる比島市民■■■■繰返し強姦した。 修正を行なった起訴事実詳細2。 2,■■■
    ■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■
    ■■、■■■■は、昭和二〇年一〇月、一一月、一二月、及び、昭和二一年一月、二月
    の間、前記Jagna附近のTubig Dig地区近傍において、故意かつ不法に非武装の非
    戦闘員たる比島市民■■■■を暴力及び脅迫を用いて拘留し、誘かいし、繰返し強姦し
    た。

    27-2号

    三一特根
    海・少佐 千葉 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    海・少佐 神奈川 ■■■■ 1949/02/19 絞首 不承認
    三一魚雷艦艇 海・少佐 東京 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    旭車丸 海・大尉 山口 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    二二一空 海・大尉 富山 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    比韮空 海軍・医・大尉 新潟 ■■■■ 1949/02/19 公訴棄却
    北韮空 海軍・医・大尉 長野 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    九五五空 海・中尉 新潟 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    北韮空 海・中尉 鹿児島 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    三一特根 海・中尉 長野 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    北韮空 海・中尉 熊本 ■■■■ 1948/08/27 審理停止
    九〇一空 海・中尉 熊本 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    七六三空 海・中尉 東京 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    三一特根 海・中尉 鹿児島 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    北韮空
    海・三等兵曹 静岡 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身
    海・少尉 長野 ■■■■ 1949/02/19 絞首 終身

    1,■■■■(別称ドクター■■)は、昭和二〇年四月頃、比島Tayabas州(現Queron)
    Infanta町Balubo地区附近において、彼の指揮下の日本海軍軍人に故意かつ不法に
    非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等七名の殺害を命令し、指示し許容した。
    2,■■■■(別称ドクター■■)は、昭和二〇年四月一三日頃、前記Infanta町Balubo
    附近において、彼の指揮下の日本海軍軍人に故意かつ不法に非武装の非戦闘員た
    る比島市民■■■■、■■■■(二才)、■■■■(一才)、■■■■(六才)、■■■
    ■(三才)、■■■■(一才)等一〇名及びその他の者の殺害を命令し、指示し許容し
    た。3,■■■■(別称ドクター■■)及び■■■■は、昭和二〇年四月一七日頃、前記
    Infanta町Alitas地区附近において、故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民
    ■■■■等一二名及びその他氏名不詳の二〇名の殺害を命令し、指示し許容し、かつ
    殺害に参加した。4,■■■■は、昭和二〇年四月二九日頃、前記Infanta町Batangan
    附近において、故意かつ不法に比島市民■■■■を強姦した。5,■■■■及び■■
    ■■は、昭和二〇年五月七日頃、前記Infanta町Minahan地区附近において、日本海
    軍軍人に、故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■、■■■■及び
    その他八名の殺害を命令し、指示し、許容し、かつ殺害に参加した。6,■■■■(別称ド
    クター■■)は、昭和二〇年五月九日頃、前記Infanta町附近において、彼の指揮下の
    日本海軍軍人に、故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等六名
    を殺害することを命令し、指示し許容した。7,■■■■、■■■■及び■■■■(別称ド
    クター■■)は、昭和二〇年五月二一日頃、Infanta町Pilaway地区において、日本海軍
    軍人に、故意かつ不法に、いずれも非武装の非戦闘員たる中国市民■■■■等九名
    の殺害を命令し、指示し、許容し、また、殺害に参加した。8,■■■■及び■■■■は、
    昭和二〇年五月二一日頃、前記Infanta町Pilaway地区において、日本海軍軍人に、
    故意かつ不法に、いずれも非武装の非戦闘員たる中国市民■■■■等九名の殺害を
    命令し、指示し、許容した。9,■■■■及び■■■■は、昭和二〇年五月二一日頃、前
    記Infanta町Pilaway地区において、日本海軍軍人に、故意かつ不法にいずれも非武
    装の非戦闘員たる比島及び中国市民■■■■等九名の殺害を命令し、指示し、許容
    し、または殺害に参加した。10,■■■■は、昭和二〇年五月二一日頃、前記Infanta
    町Pilaway地区附近において、彼の指揮下の日本海軍軍人に故意かつ不法に非武装
    の非戦闘員たる比島市民■■■■の殺害を命令し、指示し、許容し、また殺害に参加し
    た。11,■■■■は、昭和二〇年五月二一日頃、前記Infanta町Pilaway地区附近にお
    いて、彼の指揮下の日本海軍軍人に、故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市
    民■■■■等五名、その他の者の殺害を命令し、指示し、許容し、また殺害に参加した。
    12,■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二〇年五月二一日頃、前記Infanta町
    Pilaway地区附近において、日本海軍軍人に、故意かつ不法に非武装の非戦闘員た
    る比島市民■■■■、■■■■等五名、及び二名の幼児の殺害を命令し、指示し、許
    容し、また殺害に参加した。13,■■■■は、昭和二〇年五月二一日頃、前記Infanta町
    Pilaway地区において、彼の指揮下の日本海軍軍人に、故意かつ不法に非武装の非
    戦闘員たる比島市民■■■■及び■■■■並びに氏名不詳の二名を殺害することを
    命令し、指示し許容した。14,■■■■及び■■■■(別称ドクター)は、昭和二〇年五
    月二一日、前記Infanta町Katambugan地区附近において、日本海軍軍人に、故意か
    つ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等八名(幼児三名を含む)の殺害
    を命令し、指示し、許容し、また殺害に参加した。15,■■■■、■■■■及び■■■■
    び■■■■は、昭和二〇年五月二一日頃前記Infanta町Banugao地区において、日本
    海軍軍人に、故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■及び氏名不詳
    のその他の八名の殺害を命令し、指示し、許容し、また殺害に参加した。16,■■■■は、
    昭和二〇年五月二一日頃前記Infanta町Banugao地区において、日本海軍軍人に、
    故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等一二名の殺害を命令し、
    指示し、許容し、また殺害に参加した。17,■■■■は、昭和二〇年五月二一日頃前記
    Infanta町Banugao地区において、彼の指揮下の日本海軍軍人に、故意かつ不法に非
    武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等三名の殺害を命令し、指示し、許容し、また殺
    害に参加した。18,■■■■は、昭和二〇年五月二一日頃前記Infanta町Lual地区にお
    いて、彼の指揮下の日本海軍軍人に故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民
    にして氏名不詳の三二名の殺害を命令し、指示し、許容し、また殺害に参加した。19,■
    ■■■は、昭和二〇年五月二一日頃前記Infanta町Lual地区において、彼の指揮下の
    日本海軍軍人に、故意かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■(一才)、
    ■■■■(八才)■■■■及び■■■■(六才)の殺害を命令し、指示し、許容した。
    20,■■■■、■■■■、■■■■(別称ドクター■■)、■■■■及び■■■■は、
    昭和二〇年五月二一日頃前記Infanta町附近において、日本海軍軍人に、故意かつ不
    法に、いずれも非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■、■■■■(一才)等五名及
    び氏名不詳のその他の一五名の殺害を命令し、指示し、許容し、また殺害に参加した。


    :第28号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第29号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第30号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第31号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第32号法廷/33号より転番事件


    起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで

    海軍三二特 別根拠地隊 海・大佐 東京 ■■■■ 1948/10/09 無罪
    海・中尉 兵庫 ■■■■ 1948/10/09 20 20
    1,■■■■は、昭和二〇年五月二日頃、比島Mindanao島Davao市Bacaca附近にお
    いて、彼の指揮下の日本海軍軍人に、不正かつ不法に比島市民■■■■(姓不詳)を
    強姦することを許容した。2,■■■■は、昭和二〇年五月二日頃、前記Bacaca附近に
    おいて、彼の指揮下の日本海軍軍人に、不正かつ不法にいずれも非武装の非戦闘員
    たる比島市民■■■■等一〇名、及びその他氏名不詳の二二名の殺害を許容した。
    3,■■■■は、昭和二〇年五月二日頃、前記Bacaca附近において、不正かつ非武装
    の戦闘員たる比島市民■■■■等一〇名、及びその他氏名不詳の二二名の殺害に
    参加した。4,■■■■は、昭和二〇年五月三日頃、Bacaca附近において、不正かつ不
    法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■の殺害を試み、その結果傷害を与えた。
    5,■■■■は、昭和二〇年五月三日頃、Bacaca附近において、不正かつ不法に彼の
    指揮下の日本海軍軍人に、非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等八名の殺害
    を許容した。6,■■■■は、昭和二〇年五月三日頃、Bacaca附近において、彼の指揮
    下の日本海軍軍人に、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■の
    殺害を許容した。7,■■■■は、昭和二〇年五月三日頃、Davao市Bajada附近にお
    いて、彼の指揮下の日本海軍軍人に、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市
    民■■■■等七名の殺害を許容した。8,■■■■は、昭和二〇年五月三日頃、前記
    Bajada附近において、彼の指揮下の日本海軍軍人に、不法かつ不法に、非武装の非
    戦闘員たる比島市民■■■■等七名の殺害を許容した。9,■■■■は、昭和二〇年
    五月三日頃、Bajada附近において、彼の指揮下の日本海軍軍人に、不正かつ不法に、
    非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等三名の殺害を試みることを許容した。10,
    ■■■■は、昭和二〇年五月四日頃、前記Bacaca附近において、彼の指揮下の日本
    海軍軍人に、不正かつ不法に、非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等五名の殺
    害を許容した。11,■■■■は、昭和二〇年五月四日頃、Bacaca附近において、彼の
    指揮下の日本海軍軍人に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等四名の殺害
    を試みることを許容した。12,■■■■は、昭和二〇年五月五日頃、Bacaca附近にお
    いて、彼の指揮下の日本海軍軍人に、不正かつ不正に非武装の非戦闘員たる比島
    市民■■■■等五名の殺害を許容した。13,■■■■は、昭和二〇年五月三日頃、
    Bacaca附近において、彼の指揮下の日本海軍軍人に、不正かつ不法に非武装の非
    戦闘員たる比島市民■■■■(■■)等一九名の殺害を許容した。


    :第33号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第34号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第35号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第36号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第37号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第38号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第39号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第40号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第41号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第42号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第43号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第44号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第45号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第46号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第47号法廷/48号より転番事件

    起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで

     

     

    :第48号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第49号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第50号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第51号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第52号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第53号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第54号法廷/49号より転番事件


    起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで

    船舶工兵
    第一野戦
    補充隊
    中尉 長野 ■■■■ 1949/06/27 無罪

    1,昭和一九年一一月三〇日頃、比島Cebu州Camotes群島Ponson島Pilar kawit
    地区附近において、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民の女性を強姦し
    た。2,昭和一九年一二月八日頃、前記Ponson島Sitio Toong附近において、彼の指
    揮下の日本陸軍軍人に、不正かつ不法に■■■■等三名を含む約三〇名の非武装
    の非戦闘員たる比島市民の拷問、殺害を許容した。3,昭和一九年一二月二七日頃、
    Ponson島Sito Opao附近において、彼の指揮下の日本陸軍軍人に、不正かつ不法に
    非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等五名を拷問し、殺害することを許容した。
    4,昭和一九年一二月二九日頃、Ponson島Sito Opao附近において、彼の指揮下の
    日本陸軍軍人に、不正かつ不法に、■■■■等三名を含む二八名の非武装の非戦
    闘員たる比島市民の拷問殺害を許容した。5,昭和一九年一二月二九日頃、Ponson島
    Dapdap地区附近において、彼の指揮下の日本陸軍軍人に、不正かつ不法に、■■■
    ■等四名を含む一五名の非武装の非戦闘員たる比島市民の拷問殺害を許容した。6,
    昭和一九年一二月二九日頃、Ponson島Dapdap地区附近において、彼の指揮下の日
    本陸軍軍人に、不正かつ不法に、非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等五名
    の拷問殺害を許容した。7,昭和一九年一二月二九日頃、前記Dapdap地区において、
    彼の指揮下の日本陸軍軍人に、不正かつ不法に、■■■■を含む非武装の非戦闘
    員たる比島市民約三〇〇名の拷問殺害を許容した。8,昭和一九年一二月二九日頃、
    Dapdap地区附近において、彼の指揮下の日本陸軍軍人に、不正かつ不法に、非武装
    の非戦闘員たる比島市民■■■■等四名の拷問殺害を許容した。9,昭和一九年一二
    月二九日頃、Dapdap地区附近において、彼の指揮下の日本陸軍軍人に、不正かつ不
    法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等四名の拷問、殺害を許容した。10,
    昭和一九年一二月二九日頃、Ponson島Esperang地区附近において、彼の指揮下の
    日本陸軍軍人に、不正かつ不法に、■■■■等三名を含む約三〇〇名の非武装の非
    戦闘員たる比島市民の拷問殺害を許容した。


    :第55号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第56号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第57号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第58号法廷/事件


    起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで

    イロイロ 憲兵分隊 憲・大尉 山口 ■■■■ 1949/08/15 絞首 終身

    1,昭和一八年一月一一日から昭和一八年八月一八日の間、比島マニラFort Santiago
    において、故意かつ不法に、非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■を拷問、虐待し、
    また、彼の指揮下の者に拷問し、虐待することを命令し、許容した。2,昭和一九年二月
    二三日頃、Iloilo州Iloilo市附近において、彼の指揮下の者に、故意かつ不法に、いずれ
    も非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等五名の殺害を命令し、指示し許容した。
    3,昭和一九年二月二八日から昭和一九年六月二三日の間、Iloilo市附近において、彼
    の指揮下の日本陸軍軍人に、故意かつ不法にいずれも非武装の非戦闘員たる比島市
    民■■■■等五名に対する拷問虐待を命令し、指示し許容した。4,昭和一九年二月
    二八日から昭和一九年六月二三日の間、Iloilo市附近において、彼の指揮下の日本陸
    軍軍人に、故意かつ不法にいずれも非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■及び氏
    名不詳の一一名の殺害を命令し、指示し許容した。5,昭和一九年六月頃、Iloilo市附近
    において、故意、不法かつ残忍に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■夫人を強
    姦した。6,昭和一九年一一月頃、Iloilo市附近において彼の部下日本陸軍軍人に故意
    かつ不法にいずれも非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等六名の殺害を命令
    し、指示し許容した。7,昭和一九年一二月頃、Iloilo市Lapas附近において、彼の指揮
    下の日本陸軍軍人に故意かつ不法に、いずれも非武装の非戦闘員たる比島市民であ
    る氏名不詳の三〇名の殺害を命令し、指示し許容した。8,昭和一八年一二月二〇日か
    ら同三一日の間、Iloilo市附近において、彼の指揮下の日本陸軍軍人に、故意かつ不
    法にいずれも米陸軍軍人で日本の俘虜である■■■■兵を残忍に拷問虐待することを
    命令し、指示し、許容し黙認した。


    :第59号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第60号法廷/事件起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで
    :第61号法廷/事件

    起訴理由概要:昭和19年4月以降翌年8月15日まで

    第一五 揚陸隊
    医・中尉 長野 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身 
    兵長 沖縄 ■■■■ 1949/09/12 公訴棄却
    伍長 愛媛 ■■■■ 1949/09/20 絞首 不承認
    中尉 山口 ■■■■ 1949/09/20 無罪
    軍曹 大分 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身
    兵長 福岡 ■■■■ 1949/09/20 終身 終身
    兵長 新潟 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身
    捜索第三〇
    連 伍長 鳥取 ■■■■ 1949/09/20 終身 終身
    第一五揚陸
    隊 兵長 徳島 ■■■■ 1949/09/20 無罪
    歩兵第七四
    連 兵長 島根 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身
    捜索第三〇
    連 軍曹 兵庫 ■■■■ 1949/09/20 無罪
    第一五揚陸
    隊 軍曹 宮崎 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身
    第一五揚陸

    伍長 高知 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身
    兵長 大分 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身
    歩兵第七四
    連隊 伍長 茨城 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身
    伍長 鳥取 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身
    第一五揚陸

    兵長 長崎 ■■■■ 1949/09/20 終身 終身
    兵長 群馬 ■■■■ 1949/09/20 公訴棄却
    捜索第三〇
    連 兵長 兵庫 ■■■■ 1949/09/20 絞首 終身

     

    1,■■■■は、昭和二〇年九月二四日頃、比島Bukidnon州Samilao附近において、 不正かつ不法にいずれも非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等三名を拷問虐待
    した。2,■■■■は、昭和二〇年九月二四日頃前記Samilao附近において、不正かつ
    不法にいずれも非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■等四名を殺害した。3,■■
    ■■、■■■■及び中村武一は、昭和二〇年一〇月中、Samilao附近において不正 
    かつ不法に六名の氏名不詳の非武装の非戦闘員たる比島市民を殺害した。4,■■■
    ■、■■■■及び■■■■は、昭和二〇年一〇月一日頃、Samilao Kulaman附近
    において、不正かつ不法に、非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■を殺害し、その
    体を切り、肉を料理して喫食した。5,■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二〇
    年一〇月一〇日頃、Kulaman附近において、不正かつ不法に非武装の非戦闘員た
    る比島市民■■■■を拷問虐待した。6,■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和
    二〇年一〇月一〇日頃、Kulaman附近において、不正かつ不法に非武装の非戦闘
    員たる比島市民■■■■を強姦した。7,■■■■、■■■■、■■■■及び■■■
    ■は、昭和二〇年一二月中、Sumilao附近において不正かつ不法に氏名不詳の非武
    装の非戦闘員たる比島市民一名を殺害し、その体を切り料理し、その肉を喫食した。8,
    ■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二〇年一二月から昭和二一年八月の間、
    Bukidnon州Intavas附近において、不正かつ不法に約八才の氏名不詳の比島人の少
    年を誘かいし、報酬なく奴隷のように使用し、労働を強要した。9,■■■■は、昭和二一
    年三月一四日頃、Sumilao附近において非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■
    TONDALASを殺害し、その体を切り料理し、その肉を喫食した。10,■■■■、■■■
    ■、■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二一年三月一四日頃、Sumilao附近に
    おいて、不正かつ不法に、非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■及び■■■■の
    両名を拷問し、虐待した。11,■■■■は、昭和二一年六月及び八月の間、Bukidnon
    州IntavasのSatoan附近において、不正かつ不法に、三名の氏名不詳の非武装の非
    戦闘員たる比島市民を殺害した。12,■■■■は、昭和二一年九月頃、前記Intavas附
    近において不正かつ不法に彼の指揮下の日本陸軍軍人に一名の氏名不詳の非武装
    の非戦闘員たる比島市民の殺害を許容し承認した。13,■■■■、■■■■、■■■
    ■、■■■■及び■■■■は、昭和二一年九月頃、Bukidnon州Dalwangan附近にお
    いて、不正かつ不法に他の一名と共謀して、いずれも非武装の非戦闘員たる比島市民
    ■■■■等四名を殺害し、前記の者たちの体を切り料理し、その肉を喫食した。14,■
    ■■■及び■■■■は、昭和二一年九月一三日頃、Bukidnon州Inpasugong Sitio
    Patpat附近において、不正かつ不法に、いずれも非武装の非戦闘員たる比島市民■
    ■■■を拷問虐待し、銃剣で刺した。15,■■■■及び■■■■は、昭和二一年九月
    一三日頃前記Sitio Patpat附近において不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比
    島市民■■■■を殺害した。16,■■■■及び■■■■は、昭和二一年九月一三日
    頃Sitio Patpat附近において、不正かつ不法に■■■■を殺害し、料理し、その肉を喫
    食した。17,■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二一年九月及び一〇月の間、
    Bukidnon州Inpasugong附近において、不正かつ不法に、いずれも非武装の非戦闘員
    たる比島市民■■■■等四名及びその他氏名不詳の一〇名を殺害した。18,■■■
    ■、■■■■及び■■■■は、昭和二一年九月及び一〇月の間、前記Inpasugong
    附近において、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■を拷問し、
    虐待し刺突した。19,■■■■、■■■■、■■■■、■■■■及び■■■■は、昭
    和二一年一一月及び一二月の間、Sumilaoにおいて不正かつ不法に非武装の非戦
    闘員たる比島市民■■■■及び■■■■の二名を殺害した。20,■■■■、■■■
    ■、■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二一年一一月、一二月の間、Sumilao
    において、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■及び■■■■
    の二名を殺害し、前記の者の体を切り料理し、その肉を喫食した。21,■■■■、■■■
    ■、■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二一年一一月、一二月の間、Sumilao において、不正かつ不法に、■■■■及び■■■■を強姦した。22,■■■■、■■■
    ■、■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二一年一一月、一二月の間、Sumilao
    において、不正かつ不法に非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■及び■■■■の
    二名を殺害し、前記の者たちの体を切り料理し、その肉を喫食した。23,■■■■、■■
    ■■、■■■■、■■■■及び■■■■は、昭和二一年一一月、一二月の間、不正か
    つ不法にいずれも非武装の非戦闘員たる比島市民■■■■、■■■■及び■■■■
    を拷問虐待し、■■■■及び■■■■の両親である■■■■及び■■■■の肉を喫
    食することを強要した。24,■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■及び
    ■■■■は、昭和二一年一一月、一二月の間、Intavas附近において、不正かつ不法に
    氏名不詳の非武装の非戦闘員たる比島市民一名を殺害し、その体を切り料理し、その
    肉を喫食した。

    【2011.06.10 Friday 14:57】 author :
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      【2017.07.07 Friday 14:57】 author : スポンサードリンク
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