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    【2017.08.23 Wednesday 】 author : スポンサードリンク
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    1322:イギリス管轄:シンガポール裁判(2):アレクサンドラ病院虐殺事件:不起訴
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      戦犯裁判イギリス管轄

      アレクサンドラ病院虐殺事件:不起訴


      事件概要

      「シンガポール陥落の前日と当日、日本軍が英軍のアレクサンドラ病院(Alexandra Military Hospital)を襲撃、軍医、ナース、患者などを殺害した事件。

       この病院は1938年に建設され、450ベッドを持ち、ピーク時には900人の戦傷病者をかかえる大病院たった。

       山下奉文中将の指揮する第25軍(3個師団)が、大英帝国の極東における最大拠点であるシンガポール島に上陸したのは、1942(昭和17)年2月9日である。防衛する英軍との間に激しい戦闘がつづいたが、西南正面を担当した第18師団は2月14日、病院を挟んだ形で交戦していた。

       日本兵の一団が赤十字マークを付した病院の建物へ突入してきたのは午後2時頃で、非武装の軍医、衛生兵、ナース、患者の区別なしに小銃と銃剣で殺傷する。手術台の上に横たわっていた患者さえ銃剣で剌された。軍医たちは赤十字の旗を振ったが、利きめはなかったらしい。

       30人ばかりを殺傷したのち、日本車は降伏した200人余の一団をひきつれて近くの建物へつめこんだ。そして翌日、建物から引き出した病院のスタッフを次々に殺害した。数人がすきを見て逃亡、のちにこの惨劇の証言者となるが、正確な被害者数は不明である。病院を攻撃したのは第18師団の歩兵第55連隊だったらしいが、彼らは時計、指輪、シガレットなどを掠奪したという。

       やがて日本車の軍医が来て病院の治安は回復、牟田口師団長は16日午後、病院へやってきて病院長のクレーブン中佐へ部下の暴行を謝罪している。

       この事件は、戦後になって英軍の戦犯調査班によって調べられたが、「犯人」を特定できなかったこと、英印軍第44旅団の兵士が病院の一角にたてこもり、日本軍を射撃したのが、事件を誘発したらしいという事情が判明したせいか、正式の裁判にはかけられなかった。」・・・世界戦争犯罪辞典


       こういうものを読んで、これが事実であったと思い込んでしまうのも無理は無い。

       だが、戦勝国の被害証言がどれほどテキト〜なものだったのかを知ってしまうと、また、「日本人証言」が実は特亜のプロパガンダに過ぎなかったなどと知ってしまうと、俄に信じる事は出来ない。

       実行部隊が歩兵第55連隊と判明していたのなら、下士官以上の日本軍人が生存していれば、英軍は必ず、戦犯として起訴していた筈である。
       「英印軍の射撃抵抗があったから、免責。」って、虐殺は戦闘終結翌日も「スタッフ捕虜を次々殺害した。」というのだから、これを不起訴にする筈が無い。


       戦闘中、病院内に布陣した英印軍第44旅団の一隊から攻撃を受けた日本軍第55連隊の一部が、病院に突入し制圧した程度の話であったとすれば、英軍戦犯裁判・不起訴は納得である。

       士気や抗戦意識を高める為には、「看護婦・傷兵まで殺した。」宣伝は有効だよ。

       



      【2013.02.20 Wednesday 22:28】 author :
      | B級裁判 | comments(7) | trackbacks(0) | - | - |
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        【2017.08.23 Wednesday 22:28】 author : スポンサードリンク
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        この記事に関するコメント
        「シリーズ戦争」という反戦漫画で『朱花(ジュファ)の空 』という作品を読んだことがあるのですが、本記事の事件に関する描写が極めて悪質だったことを覚えています。
        「英軍の射撃が事件を誘発した」という説明すらなく、日本軍将兵たちがいきなり平穏な野戦病院に攻め入り、虐殺した、という描かれ方をされていました。
        | nobore12 | 2015/10/11 11:15 PM |
        コメ、有り難うございます。
        報復戦犯裁判が行われなかった事実から、虐殺事件の存在自体が疑わしいと思います。
         戦場の野戦病院なら有り得ても、緒戦に大病院で虐殺を行うのは隠蔽出来ず、日本軍でも処罰対象です。
        | 腹 | 2015/10/12 1:20 AM |
        今慰安婦問題でyoutubeで外国人と日本防衛のために戦っているのですが、アレクサンドラ病院のことについてつっこまれ、調べていて、ここに辿りつきました。
        youtubeではその生き残りの方の証言の映像も流れていました。

        この病院は一般病院ではなく、英国軍専用の病院だったんですね。
        病院を挟んで両軍が戦っていて、英国軍はこの軍の病院に逃げ込んだ。
        そしてそこから日本軍に向かって攻撃を続けた。
        赤十字の旗があったそうですが、それを日本軍は理解していたのか。
        それにもしその軍の病院が不戦闘地域とするなら、何故そこから英国軍は攻撃してきたのか。
        こう考えると、英国軍はそこを攻撃拠点・戦闘拠点として使ったことになりますよね。
        建物内に逃げ込んだ兵士たちを追い詰める日本軍。
        患者は病院服を着ていたのでしょうか?
        銃撃戦のさなか 白旗を振っていたとき、日本兵が銃を下ろしたら、攻撃され殺されますよね。
        一瞬の判断を有する緊迫した状態というこを考えると、白旗を振ったのに ではなく 地面にはりついて白旗を上げた方が効果的だったように思いますし、患者の兵士ももしかして銃撃戦に巻き込まれ英国の兵士の流れ弾に当たった可能性も否定できませんが、そうではなく刺したってなってますよね。
        日本側の資料はとぼしく、英国は裁判というか事情聴取の内容を公開していない。
        きつい戦いになりそうです。
        | ぬい | 2016/02/29 8:51 PM |
        コメントありがとうございます。
         アンジョリのアンブロークンもそうですが、「日本軍によってこんな酷い目にあった。」という話の大半は、嘘・ホラ話ですw。
        戦犯裁判の処刑例を調べてみれば、明らかな冤罪や、こんな微罪で死刑か・・という事件が非常に多い。その例からも本件が事実なら必ず報復起訴が行われ、複数の処刑者を出していた筈です。それが不起訴になっっているのは、事件が存在しなかったからです。
        嘘吐きを相手にするのは疲れますが、頑張って下さいww。
        | 腹 | 2016/02/29 9:53 PM |
        返信ありがとうございます。
        相手の方は自称歴史学者だと言っています。
        「ナースをレイプした」とも書いておられました。
        自称慰安婦の方も つぎつぎ証言内容を拡張していってましたが、、、、

        「本から得た情報であれば、誰のなんという作品ですか? 何ページか教えて」ってつっこみ入れてきます。
         
        ただ、慰安婦の碑もそうですが、無かったこともあったとして記念碑が立っているんですよね。
        <20万人もの女性が性奴隷に>て碑に書いてあるものを、どれだけの人がそっくり信じ、、、ちゃいますよね。

        シンガポールにある碑。
        内容はねつ造の可能性大ですよね。
        本当なら山下中佐が知らないわけないですし。
        第一 3部隊でそれぞれの方角から要塞を攻め込みに行ってる最中に、牟田口中佐の部隊だけ わざわざ病院に寄り道して、滞在しているわけないですし。

        よっしゃー もう一回 戦ってきます。
        ありがとでした。
        | ぬい | 2016/03/02 10:00 AM |
         論争の経過は解りませんが、史実を追求するのではなく、日本軍を避難したいという願望で論争を仕掛けてくる奴らにどう対処するかの話になってるんですね。
         英印軍第44旅団の兵士が病院の一角にたてこもり、日本軍を攻撃してきたので反撃しただけであって、病院スタッフを攻撃した事実はなかったと考えています。
         、非武装の軍医、衛生兵、ナース、患者の区別なし虐殺数が30人??殺害後、200人を捕らえて翌日殺害、殺害数不明といいますが、英印軍が戦犯捜査したのなら、混乱した戦場ではなく都市病院なので被害者の氏名まで特定できていたはずです。
         55連隊の犯人が特定できなかったので不起訴にした・・・そんなことは戦犯裁判では有り得ません。誰かを責任者にして、残虐行為を裁いた裁判として記録したかった英印軍が不起訴にしたのは、病院スタッフへの攻撃がなかったからです。
         牟田口が謝罪したというのも、病院での戦闘行為を謝罪しただけで、残虐行為を謝罪したのではないと考えています。
         日本軍には軍紀があったので、牟田口が残虐行為を認めていたなら憲兵が犯人を逮捕し、軍法会議が実施されていたはずです。
         戦闘中、病院スタッフが赤十字旗を掲示したというのは有り得ますが、これは中立区画を示したかっただけで、降伏の白旗を意図したものではありません。遊軍が戦闘中に、降伏表示はできません。
         時計、指輪、シガレットなどを掠奪した・・といいますが、タバコはあっても、時計指輪はなかったのではないかと考えています。兵士が隠れてやっていたとしても私物検査で略奪が判明すれば処罰されます。連合軍は必ず略奪しているので、日本軍もやっていたことにしているだけだと考えています。
         日本軍の傷兵から金歯を抉り取るなど平気でやっていた奴らに言われたくないw。
        | 腹 | 2016/03/02 1:48 PM |
        避難>非難
        遊軍>友軍
        | 腹 | 2016/03/02 7:53 PM |
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