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1300:戦犯裁判・イギリス管轄・クアラルンプール裁判:第37号法廷/住民虐待致死・渡辺事件
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    戦犯裁判イギリス管轄クアラルンプール裁判

    第37-1号法廷/住民虐待致死・渡辺事件

     

    起訴理由概要:昭和17年3月11日頃、ネグリセンビラン州クアラピラ町に於いて、及び同年3月15日頃セナリンにおいて住民を虐待殺害に関与せり。

    ヤレンバン警備隊長・第五師団第11連隊長・渡辺綱彦大佐・三重・陸士卒・55歳:昭和22年10月13日・判決銃殺刑>同日確認:弁護懸桶:昭和23年1月2日・プドゥ刑務所構外の射撃場で銃殺

     

    詳細解説:
    渡辺大佐は、第11連隊長として、部下が行ったゲリラ掃討戦全体の責任を問われ、虐殺の直接命令は無かったために不作為責任として、絞首刑では無く銃殺刑判決になった。

    ジェレブ県ティティ港イロンイロン村1,474名殺害事件
    本件で起訴された住民虐殺事件は、チナ人が告発する事件のため、殺害数が異常に多い。
    1942年3月18日午後、日本軍部隊がイロンイロン村を襲い、1,474名の無辜の老幼男女を殺害。全村焼き払われたというから三光作戦である。
    裁判において、殺害数は990名と証言されたようであるが、実際には200名以下の小部落であったと思われる。
    当時20歳だった周根は、「100余名の日本兵が各家をまわり身分証の提示を求めたのち、20〜30名単位で小屋に追い込み刺殺し、小屋を焼き払った。受傷しながら生存したのは30名ほど。」
    当時19歳と14歳の姉妹は、「危険を感じてパイン畑に逃げ助かったが、午後3時ごろ村の方向から悲鳴が聞こえ、夜に入って猛烈な雨の中で火の手が上がるのを見た」と証言している。
    上記は生存者の証言であるが、1500名以上のゲリラ村を掃討しようとする日本軍が、100余名の小部隊で掃討できると考えていたとは思われない。また、この種の掃討の際は、住民を動揺させないため銃器を使用せず刺殺する。それは、ゲリラ以外の住民を動揺させないためであり、これは皆殺し計画が無かったためである。
    そして、小部隊の日本軍がガソリン等を携行しているはずも無く、猛烈な雨の中で民家を焼却できるはずも無い。
    当時、日本軍が身分証提示を求めたというのだが、これは、ゲリラと一般住民を選別しようとしていたためであり、住民皆殺し計画が無かったから行われたものである。
    チナ人といっても、全員がゲリラではなかったし、日本軍から利権を得るべく協力した中国人もいるのに、日本軍が全村民殺害を実行して他の親日華僑を恐怖させる意味がない。
    ここでも生存者が残虐証言しているのだが、チナ人は強きを助け弱きを挫く民族性だから、自分の懐が傷まない限り反日はしない。
    それが分かっていた日本軍が、無差別殺人を行って、ゲリラと無関係の中国人を、反日に追いやる訳がないし、もし実行するなら生存者を1名も逃がさなかったろうw。
    絶 筆
    一同無事新正を迎へたるを信じ喜び居り候。いよいよ明日銃殺せらるる事となりしも,御蔭を以て心は極めて平静,不肖なる身としては多幸なりし一生なりし事を惟ひ感謝致し居り候。
    此度の受刑は昭南攻略後行はれし粛清工作に部下が多数の共産党員を殺害したる責を問はれしものにして、私としては病中の事なりしを以て詳細に事実を承知致しあらざるも,私の至らざりし為部下よりも三名(二名は確定私と共に受刑,一名は目下裁判中なるも同様運命のものと思はる)犠牲者を出し申訳なく気の毒に存じ居り候。然れども同君等は往々聞くが如き責を上に帰せんとするが如き事は毛頭なく常に私を庇護せられ感激致し居り候。
    私の葬儀は式を行ふの要なし。小林嘉助氏の例にならひ埋骨のみせられ度。終りにのぞみ其許並に忠綱の心労一入のものあらむ、十分自重自愛せられ一同を自暴自棄に陥らしめざる様特に留意せられ度。 綱彦
    渡邉大佐が病中だったとしても、師団命令に基づく作戦行動であったのだから、連隊長責任は免れない。
    かといって、部下3名の将校を想い、また将校らが往々に聞く上官への責任転嫁をせず、大佐を庇護している点に感激しているから、性格が悪い訳ではない。
    華僑粛清は第5師団命令だが、戦犯問題化したのは第11連隊・渡邉大佐の南警備隊管轄地域だけだったようである。
    第11連隊のみが華僑粛清を行ったという事ではないから、担当地域内の華僑にゲリラが多かったという事だったのたろう。

     

    監修;福本

    【2013.01.26 Saturday 00:45】 author :
    | B級裁判 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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      【2019.06.04 Tuesday 00:45】 author : スポンサードリンク
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