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1297:戦犯裁判・イギリス管轄・クアラルンプール裁判:第37号法廷/住民虐待致死・橋本事件クアラビラ県セナリン「四大家族」24名殺害事件・ゴム園労働者60名殺害事件
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    戦犯裁判イギリス管轄クアラルンプール裁判

     

    第37-4号法廷/クアラビラ県セナリン「四大家族」24名殺害事件・ゴム園労働者60名殺害・郷端事件

     

    起訴理由概要:昭和17年3月11日頃、ネグリセンビラン州クアラピラ町に於いて、及び同年3月15日頃セナリンにおいて住民を虐待殺害に関与せり。
    歩11連隊第7中隊第3小隊長・郷端逸人少尉:昭和22年10月13日・判決絞首刑>昭和23年1月2日・執行 前日告知プドゥ刑務所の絞首台

     

    詳細解説:
    1942年3月師団命令により、クアラビラ県セナリンで華僑ゲリラの捜査をしていたバハウ警備隊は、反日華僑を特定し、上部部隊のクアラビラ警備隊に応援を求めたのち、学校に宿泊した。
    翌日の3月10日早朝、クアラビラ警備隊員がトラック2台で到着し、セナリン村の有力華僑・林金山・林金殿・王俊明・邱宣欽の四家族・合計24名を逮捕殺害した。
    その後、セナリンに避難移動してきたゴム園労働者約60名も殺害したという。
    この告発は、殺害された有力華僑・林金山の弟・林金石によるものであるが、この林金石は日本軍政時代には日本軍に協力する「維持会」の幹部だった男である。
    終戦後の告発と共に、法廷でも日本軍の残虐行為を証言したが、反日日本人らが資金提供して1984出版された残虐日本告発本「蒙難史料」の情報収集にも参加し、日本糾弾を続けていた典型的なチナ人である。戦中に日本軍に協力していたチナ人は、戦後になると自己正当化のために、日本軍に強制されたなどのウソをつき、日本兵を誣告して同胞からの非難や報復を避けようとしたということである。
    「蒙難史料」の現地古老の証言によりダイブ盛られているようであるが、チナゲリラ家族処分に際し、告発者の林金石は何故見逃されたのか?
    また、家族に殺害処分されたチナゲリラがいた男が、何故日本軍協力団体の幹部となり、それを日本軍が許していたのか? 有能な裏切り者だったということだろう。
    また師団命令は、華僑ゲリラの掃討であって、マレー人ゴム園労働者を殺害処分しなければならない理由が全く存在しない。
    日本軍は戦争に行ってた以上、「虐殺・略奪・強姦目的で荒らし回った」のでは無く、敵と戦っていたのであって、マレー人労働者を殺害する理由が無い。

     

    郷端少尉・遺書
    「私は犯罪者の一員として処刑せらるゝも現在迄再三再四伝言せる如く、破廉恥的行為に基くものでなく、上官としての責任を追及せられた結果に基くもので皇軍指揮系統の上、万已むを得ぬことなれば、国の礎となりたるものと思つて諦められたし。

     

    郷端少尉

    「私は犯罪者の一員として処刑せらるゝも現在迄再三再四伝言せる如く、破廉恥的行為に基くものでなく、上官としての責任を追及せられた結果に基くもので皇軍指揮系統の上、万已むを得ぬことなれば、国の礎となりたるものと思つて諦められたし。

    編輯;福本

    【2013.01.25 Friday 21:15】 author :
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      【2019.04.06 Saturday 21:15】 author : スポンサードリンク
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