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1044:戦犯裁判:米国管轄:マニラ裁判:第14号法廷/パナイ島イロイロ憲兵分隊ゲリラ討伐6名殺害事件
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    戦犯裁判アメリカ管轄マニラ裁判

    第14号法廷/パナイ島イロイロ憲兵分隊ゲリラ討伐6名殺害事件

     

    起訴理由概要: 昭和19年12月7日頃イロイロ市周辺のゲリラ討伐を行ない、比人5名中国人1名を殺害した。白倉は不参加

     

    比島憲兵隊・白倉刀彌夫憲兵曹長・新潟:46/2/27判決絞首>46/3/27確認無罪
    比島憲兵隊・墨谷義彰憲兵軍曹・大分・大分県立農学校卒・農業30歳:46/2/27判決絞首>46/3/27確認>49/5/4執行
    比島憲兵隊・萩野京光通訳・愛知:46/2/27判決絞首>46/3/27確認>46/4/25執行

     「部下の為したる責めを負ふたに過ぎず。」と書き遺しているからといって、責任逃れというより戦犯遺族の心理的負担を減らしたかったと思えば、赦されるのではないか。
     討伐後の命令に基づくゲリラ処分は実情不当とは言えず、また処分を目撃していた軍属が墨谷曹長に同情し自らも同罪になりながら目撃証言しなかったのだから、良い友人がいる人柄だったのだろう。
    手紙
    前略 私も比島に来て約5ヵ年、勝戦より敗戦と奮戦に奮戦を続けて来ました。
     然し神仏のお蔭かかすり傷一つさえ受けず来ました。
     然し遂に昭和20年に敗戦し私達はパナイ島警備軍と共に同年9月2日降伏しパナイ及びレイテ島の各地の収容所に転々と収容せられ同年11月初め戦争犯罪容疑者なりとして収容せられ爾来厳重なる取調べを受けて居りましたが21年1月1日遂に起訴せられマニラ米国軍事裁判所にて審理中の処、1月27日死刑の判決を言渡され目下ルソン島カランバ収容所に収容せられて居ります。
     私は最後迄正義と人道に恥ぢざる憲兵の職務を完了したるのみにて本当に目下の心境は死生論ずるに足らずです。
     私の事件と申すのはパナイ島討伐作戦の時憲兵の長として配属せられ討伐間部下の為したる責めを負ふたに過ぎず。
     裁判所に於ても長期間、正々堂々最後迄戦いました。
     然し今では総てが運命と思考して居ります。
     家の方も御父上様、御母上様老弱とか、か弱い妹のみにて非常に案じて居ります。
     過日母上様の書翰を戴いて以来の事は全然聴いて居りません。
     思へば五ヵ年中多数の部下を失ひ強大なる敵に包囲せられ飲まず食はず3日、死線を越え故郷を追想したること幾度か、今では全く夢であります。
     私の後は御両親の良き計ひにより妹に相続さして下さい。
     私も借金とか女関係等勿論ありませぬ。・・・
    辞世
      春風にさそわれて散る桜花
          心のうちにかかる雲なし
      逢ふ事のありと思ひし夢はさめ
          淋しく眺める春の夜の月
    【2012.07.21 Saturday 15:55】 author :
    | B級裁判 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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      【2019.04.06 Saturday 15:55】 author : スポンサードリンク
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