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1011:オランダ管轄:バタビア裁判:スラバヤ憲兵分隊事件:佐藤源治曹長
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    戦犯裁判オランダ管轄バタビア裁判

     

    第73号法廷/スラバヤ憲兵隊・中野事件#75

     

    起訴理由概要:昭和17年3月より20年9月までスラバヤ憲兵分隊所属隊員として検挙せる男女及び既決囚を尋問に際し拷問し、不法な虐待行為を加え、故意に食糧及び飲料水の補給を差し控え、医療及び医薬の供給を拒絶す。数日乃至数ヶ月満員の状態にて室に収容した。之等によって検挙者及び既決囚を死に至らしめ甚だしき心身の苦痛を与えた。
    憲兵隊長は山本少佐で、中野は隊長補佐、佐藤は特高主任、浅木は特高班長、大沢水落佐藤久米野中清水斉藤は班員
    1、豪州より派遣の諜者事件
    2、ブリタル反乱事件

    調査中 #-/    スラバヤ憲兵分隊事件:佐藤源治曹長

     

    佐藤源治曹長岩手・岩手県立水沢農学校卒・農業32歳

     

    1948/9/22銃殺
    詳細は調査中だが、  佐藤源治曹長遺稿を引用する。
     更衣室で全部着換へて囚衣となった。
     跣足で独房に歩いて行く。
     山本閣下等が入ってゐた独房である。
     奥の方から、浅木、佐藤、山畑、野中、斎藤、清水の順である。
     ゴミだらけの独房の板床の上に仰向いて寝てみたが、何も考へるものがない。
     俳句、短歌もワザとらしく感ずるのでジットしてゐる。
     昼食が来た。
     バナナ二本と辛い汁とテンペイを煮たのとミリン漬がある。
     別に胸に万感満ちもせんが、飯は食はない。
     大便をしてゐると、検事が来た。
     所長とロシヤ人の通訳も来た。
     「貴方の嘆願書が却下になって、四十八時間以内に...」と言ひ渡してから、何かいふことはないかと言ふから、「俺は死刑の執行は受けるが、心に何一つやましいところはない。君が云ったような、死者も怪我人もつくったことはない。しかし今助かることを考へてゐるのではないから誤解するな。....われわれがいかに最期を遂げるか、その死に臨む様、死の様をよく見ておけ....。」
     検事にいひ終ってから、ニッコリ笑ってやったら、彼は泣きそうな大分困った顔をしてゐたが、さらに「一番先に執行してくれ」と言ふと、肯いて行った。多分そうなるのであらう。
     十分して松本(弁護人)藤井(通訳)両氏が来て煙草を置いて行った。
     そのうちに私は浅木氏の部屋に入れかへになった。執行順らしい。
     この部屋で坊さんと会った。いろいろと御話を承り涙が出そうであった。
     別れる時「野中、山畑、斎藤、清水達にはすまない。彼らには妻のある人もあり、片親の人もゐる。その人達に同情し、お詫びしてゐることを坊さんの胸に入れておいて下さい。」と頼んだ。
     佐藤師の悲壮なる決心をきき感謝に堪へず、安心して死んで行ける。
     明日、先駆であるが見苦しい真似などして、笑はれぬよう心がけよう。
     便所用水に顔を映して眺める。
     これが自分の顔の見納めかと思って見ると、父の顔に似てゐるなアーと思ふ。
     笑って見たり、しかめて見たり、百面相をやってみた。
     マタハリの花が枯れるので、その水に挿してやった。
     明日まで咲いてくれと祈りながら。
    【2012.06.24 Sunday 05:44】 author :
    | B級裁判 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    この記事に関するコメント
    彼の兵役に行くまでの顛末は何か資料はありませんか?
    | 佐藤将寛 | 2015/12/20 9:26 AM |
    他の戦犯の書籍に、言及されている部分があるかもしれませんが、判りません。お役に立てず申し訳ない。
    | 腹 | 2015/12/20 5:45 PM |
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