226:リカバリー2010/10/12:「日本は無条件降伏した」と思い込んでいた人は、「今まで騙されてたんか」と苦笑いして
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     本ブログ:日本が無条件降伏していなかった意味・・・そこで、イタリヤ・フィンランド・ハンガリー・ブルガリア・ルーマニアに対する講和は、枢軸国側の批准が否定されていたわけではないが、米英ソ仏の批准で講和が成立する新方式となった。

     また、西ドイツに対しても、西側連合国による戦争終了宣言で、1951講和が成立した。

     東ドイツについては、当時すでにソ連は始末に負えない存在になっており、またソ連が従来方式の講和成立を主張していた事もあり、東西一括は不可能・東ドイツはソ連支配下の単独講和のような訳のわからない方式となった。・・・

     一方、日本との講和は従来方式の平和条約となっている。

     これは、無条件降伏した枢軸同盟国と異なり、日本はポツダム宣言条件を受諾して、有条件降伏したからである。

     参考:イタリヤがヘタリヤになったのは、米英が鬼畜だったからww


    「日本は無条件降伏した」と吹聴する特亜系日本人・・・だけじゃないんだけどね

     第一次大戦中は、無条件降伏を要求するなんて〜悪逆非道な国は無かったンだが、独が革命やら何やらでヤル気なくなって降伏前提の休戦となった。

     するとやっぱり米・ウィルソンが、実質無条件降伏扱いの好き勝手なこと言い出した。

     確かに調子に乗って言ってただけだったが、強硬なフランスに引っ張られて、結局、皇帝訴追、B級戦犯引き渡し裁判、高額賠償などが、独出席が認められない講和会議で決定され、批准署名が強制された。


     皇帝訴追は、従来は元首に対し他国の裁判権は及ばないという国際法慣習があり、反対意見も強く、留保付きで独皇帝の中立宣言国侵攻や住民殺害命令について対平和罪という名目で裁判が実施される事になった。

     しかし、当時でも国際法違反・戦争犯罪であった行為について、訴追が行われる事になったとしても、国家行為について個人を裁く国際法慣習は存在せず、裁判が実施されたとしても、刑の宣告や執行は行われず、従来通りの賠償や領土割譲に加算され決着したと思われる。

     その根拠として、一方的講和を強制された独だが、戦犯引き渡しを拒否し、ライプチヒ大審院で自前の裁判実施が認められ、確か無罪や軽微の罪で済ましてた筈。

     それは、米が第二次大戦後のヨ〜にまで調子に乗ってなかった事と、他の戦勝国も無条件降伏扱いに罪の意識を感じてたから、復讐裁判実施放棄と同様「独皇帝有罪!」とまではやらんかった可能性が高い。

     要点は、戦争終結の際は、戦勝国・戦敗国が同じテーブルについて、名目上は対等の立場で、相互利益の為に講和会議を実施し、戦争終結条約が成立したものであった。

     しかし、第一次大戦から、戦勝国が一方的講和条件を決定し、戦敗国に講和条約を強制する・・違法紛いの国家的犯罪行為が始まったのである。


     第二次大戦後は上述の通り、イタリヤ・フィンランド・ハンガリー・ブルガリア・ルーマニアについては、敗戦国軽視の米英ソ仏の批准で講和成立、西独に対しては西側連合国による戦争終了宣言で1951講和が成立した。

     これらは、従来の国際法慣習における、戦争の終結である講和条約と認めるには疑義がある・・・が、まあ措いとく。

     残る日本については、サンフランシスコ講和会議に敗戦国・日本が曲がりなりにも出席し、戦勝国と敗戦国・日本が批准・署名した旧来の講和形式で条約が成立している。

     つまり、第一次大戦より前の講和方式が復活したのである。

     それは何故かと言えば、日本が有条件降伏をしたからなんだよ。

     先入観なしにポツダム宣言を読めば、全日本国軍隊の無条件降伏宣言とその保障を政府に求める条件と共に、離脱する事も代わる事も無いと提示された降伏条件を受諾したのであるから、明瞭な有条件降伏である。

     武装解除(軍隊の無条件降伏)後に居直る気満々だった米だから、ワザワザ軍隊の無条件降伏宣言と同政府保障項目を入れたが、対独の場合は独暫定政府が無条件降伏したため、自動的に軍隊も無条件降伏となり、無条件降伏文書に対日と同旨項目は無い。

     ところがところが、お人好しの日本人は簡単に洗脳され、「無条件降伏」宣伝に簡単に騙されてしまったのである。

     だが、自分で考えてみる事さえ出来れば、また簡単に洗脳は解ける。

     だから、「日本は無条件降伏した」と思い込んでいた人は、「今まで騙されてたんか」と苦笑いして、日本人に戻ればいいんだね。

     問題は、特亜系日本人だ。

     「ポ宣を無条件に受諾したから、無条件降伏だった。」というのはマシな方で、「無条件降伏でも降伏後に条件交渉するが、ポ宣条件も同類・降伏行為自体が無条件降伏と同義・武装解除を求められ受諾したのだから無条件降伏」などなど、自己洗脳でますますドツボに嵌ってるヤツもいる。

     彼らは、御託を並べるのは得意だし、元来非を認める事が出来ない特亜の血の問題もあり、明らかに論理的に破綻していても、上から目線で攪乱主張をしつこく続けて来る。

     彼らは、意図自覚の有無とは無関係に、「無条件降伏」を浸透させて戦勝国の犯罪行為を隠蔽し、日本の「犯罪」を強調して、結果として特亜系のユスリタカリ支援を目的としているんだなwww。

     特亜系日本人批判の「無条件降伏要求は、対人道犯罪」につづくww。
    【2011.06.21 Tuesday 00:57】 author :
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    49:リカバリー2009/11/28: 「日本が降伏を決断していれば、原爆投下の悲劇はなかった。」は大ウソ
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        スティムソンドクトリン・カサブランカ会議・カイロ公報で、日本は侵略国家と定義され、無条件降伏が要求されていた。
       俗に「日本が降伏を決断していれば、沖縄の悲劇はなかった。」と主張するものがあるが、当時日本が降伏するのであれば「無条件降伏」以外の選択肢は無かった。
       であるから、止むを得ずソ連仲介工作を始めているのである。

       「侵略国家には無条件降伏以外を認めない」と国際公言したヤンキーは、まさしく「ジャイアン」だった。
       しかし、沖縄戦終了時点までに、アメリカは日本人が軍民・老若男女を問わず命を惜しまず抗戦する事を思い知った。
       まして本土決戦ならば、正規戦能力を失っていても日本軍はドイツ軍のように個別に降伏する事は無いし、天皇陛下が逮捕されない限り民間人もそう簡単に集団自決はしなくなるし、2000万人特攻・・・ゲリラ戦を継続する事も、当然に想定出来た。
       米軍が日本本土上陸作戦を実行すれば、ドイツ占領とは比較にならない多くの米兵が死傷した事だろう。
       日本がソ連に仲介を依頼し、降伏する意思がある事を米は承知していたから、日本占領に伴う米側の損害想定を考慮し、ポツダム宣言・降伏条件を提示したのである。
       これは、どんな理由を付けようと、無条件降伏要求の撤回である。

       ポツダム宣言に、無条件降伏要求の名残り規定がある。
      六 吾等ハ無責任ナル軍國主義ガ世界ヨリ驅逐サラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序ガ生ジ得ザルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本國國民ヲ欺瞞シ之ヲシテ世界征服ノ擧ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレザルベカラズ
       本項の「世界征服ノ擧ニ出ヅルノ過誤ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去」についてであるが、一部特亜・特亜系日本人の認識を除けば、日本に「世界征服の挙」に出る意思も能力も無かった事は明白である。
       チナの反日プロパガンダ、偽書・田中上奏文を信じた米のア●さ加減を証明した条項であるが、本条項があるからといって有条件、即ち無条件降伏要求撤回の事実は変わらない。

       何故、無条件降伏撤回に拘るかというと、特亜系日本人はとかく「日本は無条件降伏した。日本軍民は犬死にした。」と吹聴する。
       しかし、無条件降伏して侵略国認定を受諾したドイツと異なり、降伏を拒否して玉砕した将兵・自決した民間人・兵と一緒に米軍に斬り込んだ女性らによって、日本は無条件降伏を免れたのである。
       犬死にではなかった彼らの死を貶めているのは、特亜系日本人なんだよ。
       そうして「日本が降伏を決断していれば、原爆投下の悲劇はなかった。」の本論に入ろう。

       沖縄を占領し、日本本土の爆撃作戦もほぼ終了した米だが、日本の無条件降伏を目的に本土上陸作戦を決行した場合、米兵の被害想定が非常に大きくなる事を悟る。
       ソ連からの情報で、日本に有条件降伏の意思がある事を知った米は、米英ソのポツダム会談で日本に対するポツダム宣言提示・有条件降伏要求にシフトしたのである。
       国体護持程度の条件でも妥協する意思のあった日本としては「渡りに船」だったのだから、日本は直ちに降伏していた筈である。
       ところが、会談中のトルーマンに7/16原爆成功の情報が届く。
       ヤルタでソ連の参戦を求めていた米だが、原爆成功で思い上がったトルーマンはジャイアン的仕切りを始め、ソ連の利権を抑えようと画策する。
       まず、ポツダム会談中の7/24に、対日原爆投下命令を発する。
       そして、国務長官バーンズの工作で、7/26公表のポツダム宣言では署名国ソ連がチナに書き換えられる。
       これは、ソ連の仲介を期待していた日本に、原爆投下までポツダム宣言を受諾させない為である。
       トルーマンは「7/24の投下命令は準備のためで、最終決定は帰国中の(日本が宣言を黙殺した7/28後の)8/2・巡洋艦オーガスタ号から命令した」というが、そんな発令記録は存在しない。
       ソ連に対する示威目的のために原爆を実戦使用しておきたかったから、日本に降伏の機会を先延ばしさせたのである。
       「原爆投下はソ連の日本分割占領を防ぐためだった」というものもいるが、千島までのソ連占領は許しても、米軍には日本本土分割占領を阻止する能力は十分にあった。

       原爆は、対人道罪兵器である。
       原爆を使用しなくとも、日本がポツダム宣言を受諾していたのは明らかであり、原爆投下は利権確保を狙うソ連の参戦を早め、満州・朝鮮で数十万の日本民間人が殺戮される事となった。
       「本土上陸作戦を避けられたので、100万人以上の米兵と多くの日本人が救われた。」という米主張だが、原爆投下が無くとも、継戦能力が無かった日本はポツダム条件降伏していた。
       原爆投下予定地域内に米兵捕虜が抑留されていた事を知りながら、原爆投下を命じたトルーマンを擁護する米人もアホだが、対人道犯罪被害者の特亜系日本人までがトルーマン発言を支持してるんだから、ちょっと底抜けだ。
       「日本が降伏を決断していれば、沖縄戦・原爆投下の悲劇はなかった。」は大ウソだし、そう主張するのは特亜系日本人だよ。
      【2011.06.06 Monday 22:22】 author :
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      36:リカバリー2009/11/06:日本が無条件降伏していなかった意味
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         1915/05/25・対華21ヶ条に対する米の不承認・ブライアン国務長官ノートは、単純に米国益優先主張だが、1932/01/07の満洲不承認・スティムソン国務長官ドクトリンから、米国は南北戦争以来のヤンキー流「自由と民主主義のための正義」を振り回し始める。

         英修道さんは「時によっては主義の擁護者たる栄誉を求めんとし、また時によっては実質的利益に均霑(きんてん)を獲んとするのが真相なるに拘わらず、米国の対満活動の進退のほとんどが門戸開放・機会均等と云う美しき標識に結びつけられて説明され、しかも多くの場合、第三者にあたかも自国が被害者かの如き立場を感ぜしめるのは畢竟米国の対満外交が擬装に巧妙なるためである」と指摘しているが・・・

         スティムソンドクトリンは、「主義の擁護者たる栄誉を求め」て、「侵略国に強制された講和は無効」とチナを擁護する。
         しかし、チナによる9カ国条約違反・日本利権侵害を無視してチナの違法行為を支持するホンネは、以夷制夷のチナから利権を得るためであり、そこに真の正義は無い。
         第三国の米が、二国間条約の一方の当事国を侵略国と決め付けて、国際条約の否定・無効化を主張したことになるが、実態は米国益最優先だから、侵略国レッテルが正しく貼られるとは限らない。
         しかしこのレッテル貼りにより、国際法上の犯罪者と看做す侵略国には、講和における対等の当事国たる資格が無く、相互利益のための講和だが侵略国に利益は不要、防衛国は侵略国に無条件降伏を要求し、一方的講和を強制する権利がある・・・とまで主張する。
         これは、第一次大戦後の対独ヴェルサイユ条約当時、フランスが被害感情と恐怖で強硬に主張した結果、日米英伊の4大国が引き摺られて前例のない独の講和条約交渉参加否認を行った例に似ているが、無条件降伏要求・宣言に関しては、南北戦争時の1862/02/13テネシー州フォート・ドネルソンの南軍バックナー将軍に対するグラント将軍の無条件降伏要求以来の、ヤンキーオリジナルである。

          そしてこのスティムソンドクトリンは、ハル国務長官ノートに引き継がれ、1943/01/14カサブランカ会議「英米両国は、日本とドイツの無条件降伏を達成するまで戦争を容赦なく継続する」声明、1943/12/01カイロ「日本国ノ無条件降伏ヲ齎スニ必要ナル重大且長期ノ行動ヲ続行スヘシ」声明に繋がる。
         しかし、無条件降伏要求の実行は、実質的に防衛国を主張する側に、通例戦争犯罪免責を与える事に他ならず、「助命するなとの命令を出す」行為に等しい効果をも生む事になる(詳細別稿)。

         いい加減まとめないと、話題がアチコチ増えちゃうねぇ。

         従来、戦争の終結は、講和条約の成立であった。
         ところが第2次大戦では、侵略国家レッテルの枢軸国側に対し無条件降伏を強要し、その結果として対等の講和条約により戦争終結するのではなく、連合国側の一方的講和宣言で戦争終結するヤンキー方式が採用される事となった。
         そこで、イタリヤ・フィンランド・ハンガリー・ブルガリア・ルーマニアに対する講和は、枢軸国側の批准が否定されていたわけではないが、米英ソ仏の批准で講和が成立する新方式となった。
         また、西ドイツに対しても、西側連合国による戦争終了宣言で、1951講和が成立した。
         東ドイツについては、当時すでにソ連は始末に負えない存在になっており、またソ連が従来方式の講和成立を主張していた事もあり、東西一括は不可能となり、東ドイツはソ連支配下の単独講和のような訳のわからない方式となった。
         一方、日本との講和は従来方式の平和条約となっている。
         これは、無条件降伏した枢軸同盟国と異なり、日本はポツダム宣言条件を受諾して、有条件降伏したからである。
         日本に対する無条件降伏強要の放棄について、以下の解説が一般的のようだ。
         「スティムソンは1945年の春、・・・ドイツの無条件降伏に伴う悲惨な分割占領の状況を見聞するに及び、ジョセフ・グルー国務長官代理の発議による日本の無条件降伏の実質的な緩和を強く支持した。」
         しかしちょっと待〜てよ。
         無条件降伏と分割占領は、全く関係が無い。
         朝鮮を見てごらん。
         無条件降伏など無縁の地域でもソ連が占領すれば、分割されてしまうだけの事。
         米が同盟国のソ連に気を許して、ドイツを分割占領してみたら、虐殺暴行略奪強姦の上に、西側利権にまで強欲さを示す強盗国家である事に、傲慢バカのヤンキー・スティムソンでもサスガに気付いたから、日本に対しては米の単独占領方針に徹底しただけじゃないか。
         グルー主張の「日本の無条件降伏の実質的な緩和」というのは、日本に対する温情ではなく、結果米国都合による無条件降伏要求の放棄なのであり、それがポツダム宣言提示なのである。

         米国が、侵略国レッテル貼りの無条件降伏を放棄したのは、重要な意味がある。
         「ドイツを見習え」論者の主張に、独軍は敗戦を悟れば人命を優先して潔く降伏したが、日本軍は民間人まで巻き込んで無駄な抵抗を続け多くの犠牲者を出した…というものがある。
         しかし、ドイツは、地方軍が個別に無条件降伏し、結局ドイツ国が無条件降伏して、ヤンキー方式の侵略国家定義を適用された。
         一方、日本は軍民共に降伏を忌避し、絶望的状況の中で戦い斃れていった。
         この状況が米軍の本土上陸を躊躇わせ、宣言条件提示となり、侵略国に対する無条件降伏適用が無かったのである。
         戦後、GHQの洗脳プログラムにより、日本人まで日本を「無条件降伏した侵略国家」と思い込んでいるわけだが、「絶望的状況の中で戦い斃れていった」方達を無駄・無意味にしてしまっているのは、日本人なんだよね。
         対日サンフランシスコ講和条約は、ヤンキー・スティムソン方式の侵略国家懲罰戦争終了一方的宣言ではなく、旧来の平和条約方式だった意味を考えてみたら・・・
        【2011.06.03 Friday 15:27】 author :
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